元隷属の大魔導師 186
心外だ、と言わんばかりに眉間にシワを作ったデルマーノの顔をシャーロットは見つめた。
彼女の背後に立つ従者――ジルも驚きを隠そうともせずにデルマーノを凝視している。
そんな二人の吸血鬼にデルマーノは苛立って続けた。
「そもそも、別に俺ゃヴァンパイアハンターでもエクソシストでもねぇ。おまえらと敵対したのも身内――ではねぇが、まぁ、ソイツが死ぬと間接的に俺が迷惑がかかるって奴に手を出されたから、それだけだ。だから、これが俺の最初で最後の命令――あのサグレスってガキから手を引け」
「それ……だけ?」
「ああっ?」
シャーロットが目を見開いて、呟いた疑問にデルマーノは威嚇するように聞き返す。
すると、今度はジルが遠慮がちに主の台詞を継いだ。
「その……デルマーノ様。もう人に手を出すな、とか命じられるとばかり思っていたのです……私たち、吸血鬼も別に人間や亜人の血でなければいけないわけではないのですが……」
「なに?おまえらは家畜や野獣の血でも良いのか?」
「そりゃ……人間や亜人、とくに若者の血が好きだけど……」
一般人が聞けば真っ青になるだろう内容の台詞をシャーロットは平然と言う。
だが、デルマーノは一般人と呼ぶには程遠い人格の持ち主であった。
「はっ……だったら、何が不満なんだ?」
「いや、不満なんて……ないけどさ。ね、ジル?」
「はい。不満ではないのですがこう……釈然としないというか……吸血鬼の私が言うのもなんですが、デルマーノ様は人間でしょう?」
納得できない、と口々に文句を言う吸血鬼の主従にデルマーノは大きく嘆息すると首のシャーロットに吸血された部分を指で掻きながら答えた。
「いや、俺はもう人間じゃねぇし、さらに言っちまえば正義の味方でも宗教家でもねぇ」
デルマーノの言葉にシャーロットとジルは「ああ……」と声を揃えて賛同した。
例え主従が逆転したとしても儀式自体は成功したわけで、つまり、今のデルマーノは真血種の吸血鬼の亜種と言える。
そして、二人が脳内で思い浮かべた、デルマーノが正義や徳を説く姿は確かに違和感に溢れ、少し笑えた。
「……何をにやけているんだ?」
デルマーノは憮然とした表情で漏らした。
「な、なんでもないです」
まさか、貴方の滑稽な姿を想像してました、とは答えられず、シャーロットとジルはデルマーノの視線をよけるように顔を背けた。
しばらくの間、必死で笑いをこらえていたシャーロットとジルはソレがおさまると再びデルマーノに向き、こう言った。
「ねえ、私達もお兄ちゃんに従属することになったわけだし……連れて行ってほしいなァ」
「私からもお願いします。シャーロット様と私を貴方の元で使って頂きたく願います」