元隷属の大魔導師 153
スパンッ!
「きゃっ……」
デルマーノは引っ掛けるように少女の膝の裏を戦闘槍の石突きで払った。
シャーロットの両足が床から離れ、体重の支えを失った彼女の身体は仰向けに倒れる。
驚きと苦悶が混ぜ合わされた悲鳴を上げたシャーロットの腹部――臍から鳩尾にかけてをデルマーノの左足が踏みつけた。
スッと戦闘槍の刃が彼女の胸部へと狙いを定め、構えられる。
「んっ!くぅ……ふぅむ!」
シャーロットは必死に身を起こそうと身体中に力を込めたが、デルマーノの足一本からも逃れる事ができなかった。
重心を上手く落とされているとはいえ、吸血鬼、しかも真血種の自分がここまで抑えつけられる訳がない、と狼狽するシャーロットは気が付いた。
自分と踏みつけるデルマーノの靴の間とにナニかがあるのだ。
身体に触れる形状と堅さからソレが何か即座に検討がついた。
「聖具……銀製のっ?」
「せぇ〜かいっ。これで嬢ちゃんの身体能力はそれこそ、人間のお嬢ちゃん程度。怪力も再生能力も……そのバカみたいな魔力も全て無効化されている。イヒヒッ……」
「くぅ……」
シャーロットは一通りの抵抗をしてみたが無駄だった。
吸血鬼に対して聖具を、魔族に対して銀を用いるのは常套手段であったが、真血種へ聖具を押し付け、その能力を無効化させるなど普通は考えもしない作戦だ。
押し付けられる距離に接近する前に返り討ちになってしまうからだ。
しかし、それをこの男はやってのけた。
足蹴にしていても自分に対して有効な聖具をシャーロットは忌々しく、睨んだ。
「……………………?」
シャーロットは仰向けになりながらも首を傾げた。
目の前の魔導師、デルマーノは一向に自分へトドメを刺そうとしないからだ。
この男が躊躇する理由はないはずである。
なにせ今日、初めて会った、自分の所属する国の貴族へ仇なす魔族の親玉を殺すだけなのだ。
もしかしたら、自分の幼い容姿が思いとどまらせているのでは、と考えたシャーロットだったが直ぐにその愚考を否定した。
目前の魔導師がそんな騎士道精神などとは無縁だという事はこの短い戦闘中に学んだ数少ない事だったからである。
その時、シャーロットは自分の胸へと突きつけられた戦闘槍を見て、目を剥いた。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「……なんだ」
「トドメを刺さないの?」
「あぁっ?刺すに決まってんだろ」
「だったら――」
完全に追い詰められている状況にも関わらず、シャーロットはニヤァと笑うと右腕を難儀そうに上げ、デルマーノが持つ戦闘槍の刃を指差して続ける。
「なんで、震えているの?」
シャーロットの言う通り、戦闘槍は小刻みにフルフルと震えていた。
それはデルマーノの腕から伝わってきたモノだったが、決して戦闘槍の重さに腕が悲鳴を上げている、という訳ではない。
デルマーノは胸中で一つの台詞を連呼し、自身に言い聞かせており、そのストレスが由来するモノであった。
(こいつは、ソフィーナじゃ、ない。ソフィーナじゃない……)