元隷属の大魔導師 139
ならば自分は『誇り高き騎士アリア・アルマニエ』として一国民を守ろう、と。
「―――ウルスラさんっ」
「ふぁっ?………な、なによぉ?」
突然、大声で名前を呼ばれたウルスラは悲鳴をあげた。
先程とは立場が反対になった為、彼女は憮然となったが返事をする。
「私でも吸血鬼と戦えますか?」
「??………始めっからそのつもりでしょ?」
「そういう意味ではなく……その………」
口ごもったアリアの態度から彼女の心情を察したウルスラは表情を一変、ニヤリと笑った。
「いいわ。私が半日で鍛えてア、ゲ、ル♪」
ウルスラは右手のその細長い人差し指をアリアに突きつけると続ける。
「もちろん、真血種には勝てないだろうけど……隷属種の魔導吸血鬼になら、ね」
「………っはい!よろしくお願いしますっ!」
アリアは同年代であるこの国の王女に頭を下げた。
―――そして、灼熱の日差しを発する太陽も沈み、それでも陽光を精一杯浴びた地表からの放射熱で蒸し暑い夜をワータナー諸島王国は迎えた。
晩餐も済み、生徒や教師達は吸血鬼が来襲する、との噂に震え、ベルトコルタ城に避難していた。
ゴーンッ……、と遠方から鐘の音が響き渡る。
その音が宿の大広間に虚しく反響する。
仄暗い大広間の各所にはアリア、エーデルら近衛騎士隊、そしてウルスラとヘルシオが息を潜めていた。
鐘の音が萎むように夜闇に溶けると代わりに扉が開く音、そして複数人の足音が聞こえた。
音から察するに玄関の扉を開け、この一階にある大広間へと真っ直ぐに歩を進めているようだ。
コッコッコッコッ………コツッ
堅い床を踏み鳴らして着実に大きくなってきた幾つもの靴音は揃って大広間の扉の前で止まった。
カチャ………キイィィ…………
蝶番が軋む音が明瞭にアリアの耳へと届いた。
大広間内の空気の流れが変わり、何者かが侵入する気配があった。
コツッ……コツッ……コツッ……
侵入者達の中から一人、大広間中央へと歩き始める。
一定間隔で響く靴音が中央に設えた椅子の前で止まった。
「??…………っ!これは―――」
「そこまでよっ!」
「「っ?」」
広間内の魔導照明が点灯し、大広間に色彩が蘇る。
大広間の出入り口には四人のフードを被った人影が、中央には椅子の上に置かれた藁人形に手をかけた格好のまま、固まっている昨晩も襲われたエルフの吸血鬼が立っていた。
「………これは?」
「ふふんっ!マース=ロッツ。アンタら吸血鬼がマーキングして聖痕を刻んだ対象の一部――今回は髪の毛ね――を使って形代を作り、追跡をズラさせて貰ったわ!」
「マース……エクソシストかっ?」
大広間の最奥から吸血エルフへ指を差し、声高々に解説するウルスラ。
その発言から目の前の修道女が自身達の天敵、エクソシストだと悟ったエルフは焦燥を浮かべる。
「………っ…これは、予想外の戦力ですね。ですが……あの男はいないようで?」
エルフの吸血鬼は大広間の物陰から一斉に現れ、己達を囲んだ近衛騎士を見回すと言った。