元隷属の大魔導師 136
「ありえない―――って、全てのその、呪列?をご存知ではないのでしょう?」
何度もデルマーノが送ってきた呪列を見直すヘルシオに「なにを大げさな……」と少し呆れてエーデルは言った。
「はい、確かに全ては知りません。ですが……呪列と言うのはただの文字の羅列ではなく、一つの流れなんです。つまり、どのような呪列にも基本となる式があって、そこに更なる高度な式を填めていくモノなんですよ。しかし……」
「これの、基本となる式を……知らないの?」
己を先回りし、言葉を紡いだフローラにヘルシオは頷く。
「ええ。これほど緻密なモノ……ですが、いざ、見ると何故、この式を今まで誰も思いつかなかったのかが不思議なほど完璧な封印結界式です。おそらくですが……デルマーノさんが太古の資料から復元させたか、あるいは―――創りだしたのでしょう……」
そういえば、とアリアは最近、デルマーノが常々、何かを紙に書き連ね続けていた事を思い出した。
その過程で生み出されたのは一日に三度も近衛局近衛魔導隊待機室のゴミ箱を一杯にしてしまう程、大量の紙束であった。
「……でも、そんな簡単に新しい魔法が創れるものなの?」
そんなエリーゼの質問にヘルシオは慌てたように両手を振って否定する。
「まさかっ!現代、魔導師の勉強は師から弟子へと知っている事を教えるだけで僕の知っている限り、ここ十数年で新たな魔法を完成させた方はいません」
「うわぁっ、マジッ?デルマーノ君ってもしかして―――天才?」
「………いいえ。フローラさんもご存知でしょうけど、デルマーノさんは魔導の世界で天才と呼ばれるタイプの人間では決してありません。デルマーノさんよりも才のある人はいくらでもいる事でしょう。しかし、あの人は探究者……鬼才なんです」
そのヘルシオの台詞に一同は「ああ……」と納得する。
彼女達の知っているデルマーノは常にモノを考え続け、どんな困難にも打開策を見いだしてしまう男なのだ。
「しかし……何だかんだ言ってもデルマーノさんが何をしたいのか、私には一向に見当が付きませんがね―――特別、今回だけがという訳ではないですが……」
ヘルシオは兄弟子と肩が並べられない事を悔しそうに顔を歪め、そう締めくくるとアリアから手紙の三枚目だけを受け取り、退室した。
「…………ヘルシオ、君……」
フローラはヘルシオが出て行った扉を見つめて呟く。
世界最高レベルの魔導師に師事し、異色の才能を持つ兄弟子と共に学ぶ彼の心中はフローラにも優に察する事が出来た。
しかし、かける言葉が見つからないのだ。
「…………」
――――トンッ!
「っ?」
その時、フローラは背中に軽い衝撃を感じ、驚いて振り返る。
そこには親友、アリアが立っていた。
「……行きなさいよ」
「…………アリア」
「っもう。いつも私には積極的になれ、とかなんとか無責任に言ってくるくせに……」
唇を尖らせてそう言ったアリアは再び、フローラの肩を押した。
「アリア………うんっ」