元隷属の大魔導師 124
「えっ……と………海に行って、だけどつまらないなと思っていたら美人なエルフの女性に声をかけられて……それで……………痛っ!」
「………大体の所は覚えているようですね。そのエルフの女性が吸血鬼です」
「そんなっ!吸血鬼は太陽に弱いって……いや、第一に吸血鬼なんているのかよ?」
「吸血鬼は闇の眷属ですから弱いと言えば弱いです。ですが、絶対的な弱点ではないんですよ。ああっ…あと、存在自体をお疑いになるのでしたら彼女もその吸血鬼を目撃しています」
デルマーノに視線を向けられたアリアは一度、強く頷いた。
「じゃ、じゃあ……じゃあっ!俺はっ、血を吸われたのかっ?吸血鬼になっちまうのかよっ?」
証人が更に一人増えたことより、自分の置かれた状況が現実なのだと思い知らされたサグレスはパニックになってデルマーノにしがみつく。
そんなサグレスには気付かれないだろうがデルマーノが明らかに軽蔑と嫌悪の視線を目の前で騒ぐ少年に向けているのをアリアは目にした。
それでもデルマーノは口調を変えず、続ける。
「………サグレス君、落ち着いて下さい。確かに吸血されましたが、貴方がこれ以上、侵されないよう私達が守ります」
「ほ、ほんとかっ?絶対かっ?」
「ええ、ですから……一度、宿へ帰りましょう。さあ?」
ニコリと微笑むとデルマーノはサグレスが立ち上がるのに手を貸した。
しかし、アリアには彼が全く笑っていないように、むしろ怒りを溜め込んでいるように見えた。
「………………と、いう訳でして。簡潔に言えばタイムリミットは明日。それまでに何とかしなければなりません」
宿に戻り、教師、二人の近衛隊々長を食堂に収集すると彼らの前でデルマーノはそう、言い放った。
当然ながら教師達は驚き、混乱に包まれる。
そして暫くすると現状の深刻さを理解した教師達は互いに責任の擦り付け合いを始めた。
アリアや第一王女付近衛隊々長エーデルは慌てて止めに入るが収拾の目処はつかない。
その時、アリアはデルマーノが食堂から出て行くのを目の端で捕らえた。
慌てて追いかけるとエーデルも気が付いていたようで声を掛けられた為、彼女と共に部屋を出る。
「デルマーノッ!」
アリアは廊下の窓から夜空を眺めていたデルマーノの背中に話しかけた。
「ふんっ………愚かだなぁ、貴族様ってのは。仮にも教師なら命掛けてでも生徒を救えってんだ」
「デ、デルマーノッ?その……今、ここにっ」
アリアは当然、慇懃な返事を返されると思っていたが、予想と反し素で応えたデルマーノに仰天し、隣にエーデルがいる事を伝えようとする。
チラリと上司を見ると半開きになった口を両手で押さえ、自分なんかより遥かに驚いていた。
以前、フローラが見せた反応に少し似ているな、と不謹慎にもアリアは思ってしまう。
そんな二人の様子を全く、気にせず、ゆらりと振り向くとデルマーノは口角を吊り上げ、笑った。
「イッヒッヒッ……今の俺にゃ、隊長殿に知られる事なんて問題ですらねぇ」