元隷属の大魔導師 123
次第に収まりを見せる砂煙の奥へデルマーノとアリアの警戒した視線が注がれた。
しかし、そこには目当ての人物の影はなかった。
「っ!…………いねぇっ?」
「嘘?……そんな………」
二人は驚愕すると重たい闇に覆われた墓地を索敵する。
『はぁ……はぁ…………よくもっ……やってくれましたね………っぅ……しかし、その少年は主の大切な…餌………明日の晩に……ぁ…再び、取りに来ます……今日のような事は………ありません……それまで………………』
辺り一面から聞こえる吸血エルフの声。
傷は浅くはないようで苦しそうだ。
台詞の内容から退散する気らしい。
しかし、デルマーノにすら居所は掴めず、追い討ちは不可能であった。
「ちっ…………明日だと?」
「………今回はデルマーノに歯が立たなかったんだから……貴方がいれば、また撃退できないの?」
「奴、一人ならな。さっきの話しぶりからすっと……増援を頼む気だろう。あのレベルが後、二人いたら今度は俺が袋にされんな」
「そんな…………」
「それに奴の後ろにゃ……真血種がいる。イッヒッヒッ……あ〜あ、笑えてきた」
「デルマー……ノ………」
アリアはデルマーノの外套を摘んだ。
するとデルマーノは心配顔のアリアの赤毛を、そっ、と撫でる。
「まぁ、難しい事ぁ……後で、な。まずはこのバカを宿まで連れて帰るぞ」
そう言うとデルマーノは膝立ちになり、ボーッと虚空を眺めるサグレスの襟首を掴むと頬を強く叩いた。
バチィィンッ………ドサァ……
身体が空に浮く程の力で殴られたにも関わらず、サグレスは地に投げ出された格好で動こうとせず、無反応である。
「ちっ………吸血の時になんか入れられたな。だったら……」
デルマーノはそう、苛立たし気に呟くと今度は左掌をサグレスへとかざした。
そして、小さく文言を唱えると彼の魔導媒体である緑色の指輪が強く閃光を放ち始める。
「…………なにをしてるの?」
「このガキゃ、面倒臭ぇ事に何かよく分からないモノで昏睡状態になってやがる。だから、俺の魔力で中和してんだ」
「出来そう?」
「けっ……さっきの女より俺の方が魔導師としては優秀だったからな。楽勝だ」
暫くの間、そのままデルマーノは魔力の波動を当て続ける。
「……………………………ぁ………ぅあ……」
数分程経つとサグレスは小さな呻き声を上げた。
先程まで虚ろであった眼に精気が宿る。
格段と覚醒したようで、辺りを慌てて見回すとデルマーノとアリアを見つけ、混乱した表情で見つめてきた。
「おはようございます、サグレス君。まぁ、まだ真夜中ですが………私の事は知っていますか?」
一度、殴った事で気も晴れたのだろう、デルマーノは猫を被って情緒不安定な少年に尋ねる。
「あ……ああ。アンタは宮廷…魔導師の……デルマーノ…さん。俺は……?………っ?」
「単刀直入に言いましょう。君は吸血鬼に襲われ拉致されかけていた所を君を捜していた私達に救出されました。君はどこまで覚えていますか?」