元隷属の大魔導師 122
デルマーノは投げられた自分の戦闘槍を拾い上げると憎々しげに唾を地へ吐いた。
相手の吸血エルフの投擲の威力は歴戦の戦士すら凌駕していたのだ。
「………やはり、魔導師でしたか。闘りずらいですね」
「ふんっ。てめぇ、こそ……馬鹿力めっ」
そう言いながらもデルマーノは背の後ろに立つアリアに右手で隙を突き、サグレスを連れていけ、と指示する。
アリアは了解の意を込めて、彼のマントを軽く引っ張った。
「……何をコソコソと………………はぁっ!」
エルフはおもむろに侍女服の裾から魔導杖を抜き出し、呪文を唱える。
言葉が紡がれるにつれ、バチバチッ、とエルフの周囲に稲妻が迸った。
完成した瞬間、彼女は呼気と共に魔導杖を振り下ろす。
「…………魔導師……なの………」
「光魔の剣よぉっ!」
呆然としたアリアの呟きを耳にし、デルマーノは防御魔法を無詠唱で発動させた。
デルマーノとアリアを取り囲むように数十本の光る刀身の根元が捻れた長剣が現れる。
それらは襲い掛かる幾百もの雷の雨を吸収し、電撃魔法が収まると心得たように霧散した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アリアは自身が無傷なのが信じられない、と荒く息を吐く。
そんなアリアの気配を背中で感じ、無事であった事に安堵するとデルマーノは即座に反撃に出た。
先程の魔法は強力ではあったが、魔導師同士で戦う場合に長々と詠唱を行うなどナンセンスだ。
そう、師ノークから教え込まれていたデルマーノにとって、すでに目の前の吸血エルフは恐怖の対象ではなくなっていたのだ。
「氷牙よっ……雪鎚っ…………煌めく斧よっ!」
左腕を動かせず、反射が鈍い吸血鬼に容赦なく攻撃魔法を浴びせ続けるデルマーノ。
無詠唱の為、数秒間隔で放たれる氷の鋭柱や光の波動が着実にダメージを蓄積させていった。
吸血鬼のメイド服は見る影もないほどボロボロになっており、紙一重で致命的な攻撃は避けているのの、四肢からは常人ならば行動不能に陥ってしまうだろう程の大量の血液が流れ出している。
「氷狼の遠吠えよっ!」
ゴオォォウゥッ!
集約された冷気がデルマーノの開かれた手元から吸血鬼目掛け、それこそ遠吠えの如く、襲い掛かった。
「あぅ!あっ!」
吸血メイドは回避行動も虚しく、高速で迫り来る冷気の塊の直撃を受ける。
肉体が四散するかのような衝撃に悲鳴を上げ、宙に飛ばされた身体は遙か遠くの十字架に叩きつけられた。
湿った土や埃が夜闇に包まれた墓地に舞い上がる。
「……………………」
「………くぅ」
「氷狼の遠吠え!」
無言で相手の反応を窺っていたデルマーノは土煙の中から吸血エルフの呻き声が聴こえた瞬間、更に無詠唱の氷魔導で追い討ちを掛けた。
空気は唸りを上げ、弾けると数本の十字架を吹き飛ばし、再び砂埃が視界を遮る。
「うわぁ………」
愛しき男のその非情なる戦闘を目の当たりにしたアリアは思わず、感嘆とも畏縮ともとれる溜め息を吐いた。
「イヒッ……死んだか?」
今度は無反応の敵にデルマーノは笑みを漏らす。