元隷属の大魔導師 118
昔はすぐ、そこまで樹海が広がっていたのだろう、広場は資材置き場を兼ねているようだ。
夜、知らない土地で離れるのも危険だという事でデルマーノとアリアは共にあちらこちらに積み上げられた木材を避け、辺りを捜索してみる。
「ふぅ………また、ハズレだったかしら……」
広場をくまなく捜したものの、サグレスがいる気配は全くせず、アリアは溜め息を吐くと広場の端に詰まれた木材の山に腰を下ろした。
「いや………そうでもないぞ?」
残念そうに呟くアリアにフラフラと周囲を歩いていたデルマーノが答える。
「……え?」
意表を突かれたアリアはデルマーノを見ると、側に来るようチョイチョイ、と手招きされた。
立ち上がると資材の山に沿うように歩き、デルマーノの脇へと向かう。
「………………うぁ……」
資材を挟んで広場の反対側の光景にアリアは感嘆の呻きを漏らした。
そこには一面の赤い花畑が広がっていたのだ。
しかし、その花々をよく見たアリアは眉を潜める。
「これって……死人花?あまり縁起が良いと言えないわ」
「イヒッ…………正式にはリコリスと言うんだがな?」
「えっ?」
彼にしては珍しい穏やかな声が聞こえた為、驚いて振り向いたアリアが目にしたのは愛おしそうに赤い花を見つめるデルマーノの姿だった。
「リコリス、死人花、狐花、東の大陸じゃマンジュシャゲだったか…………んまぁ、コイツの呼び名は地域によっても色々あるんだ。正式な名前なんて大した意味はねぇんだが」
「……へぇ〜」
アリアも時々、忘れかけるがデルマーノは豊富な知識を有する魔導師、その中でも高位の宮廷魔導師なのだ。
感心して息を吐くとアリアはリコリスに手を伸ばそうとする。
ガシッ……
「………きゃっ」
リコリスに触れかけていた腕をいきなりデルマーノに掴まれ、アリアは小さく悲鳴を上げた。
「………こいつにゃ、毒がある。食えば勿論、触るだけでも最悪の場合、死ぬぞ?」
「………………っ!」
彼が断定して言う事だ、間違いはないだろう。
アリアは慌て、手を戻す。
「イヒッ…………何でリコリスが縁起が悪いか、知ってるか?」
「……え?」
落ち着いたアリアに突然、デルマーノは語りかけた。
「猛毒があるのもあんだが……その毒を利用して墓守の役目をさせられていた、ってのもあんだ」
「墓守?」
「ああ。埋めた亡骸が動物に荒らされないよう、そして亡骸が起き上がらないよう……ってな」
死体の起き上がり。
特殊な魔術、儀式や亡くなった者の念などによって、死体が動き出す事があり、それはアンデッドと呼ばれる。
吸血鬼もアンデッドに含まれていた。
「ああ。だから死体花って呼ばれるのね?」
「そうだ………そしてコイツにはもう一つ、役割があった。それは……」
そこで一旦、口を閉じるとデルマーノは手に持った偽装魔導杖でリコリスと自分との間の土にガリガリ、と直線を引いた。
「人間とそれ以外を分ける、だ」