元隷属の大魔導師 102
「……は?」
男は呆けたように声を漏らす。
それはそうだろう。自分が即興で創作した言い伝えなどに続きが在るはずがない。
デルマーノは小袋の中に手を入れるとゴソゴソ、と中をかき回し、八枚の金貨を取り出した。
おおっ、と目の前の大金に客達や給仕の娘達が歓声を上げる。
手の中で金貨を弄びながら、デルマーノは傍観を決め込んでいる酒場の主人の元へと歩いていった。
「………続きはこうだ。その騎士様や貴族様方がその場にいる大衆全員に店一番の酒を奢る。すると縁起は逆に良くなる………違うか?」
「…?………?」
店中の客がポカーンと口を開ける。
アリアも含めてだ。
その中で始めに気を持ち直したのは挑発してきた男だった。
「くっ………ぐははっ……はははははっ!そうだ、そうだ、そうだったっ!確かにその言い伝えで合っているなっ!はっはっはっ………」
手を叩き、爆笑しながら男は何度も頷く。
デルマーノはニヤリ、と笑うと主人に金貨を全て渡した。
店主は何度も金貨とデルマーノと男を見比べたが、大きく頷くと金貨を掴み、店の奥へと消えていく。
数秒後、七本の葡萄酒の酒瓶を抱え、店主が戻ってきた。
主人は二十を超える木製のグラスに葡萄酒を並々と注ぐ。
七本目の葡萄酒の瓶が中程まで減ったところで店中の客全員分の杯に葡萄酒が満たされた。
男は未だに笑いを堪えながらも杯を一つ、手にすると他の客達に言う。
「…どうした?この太っ腹の魔導師様が我らに極上の酒を奢ってくれるんだぞ?明日、俺達の運が良くなる事を願ってなっ!かっはっはっ……」
莞爾と歯を見せる男に連れられ、客達もそれぞれ、杯の取っ手を握った。
「………諸君、酒は行き渡ったな?では…その紋章はシュナイツか。シュナイツの魔導師殿に乾杯っ!」
「うおぉぉっっ!」
カンッ!
近くにいる者同士、杯を掲げてぶつけ合うと客達は一斉に葡萄酒を煽る。
「………ぉぉ?」
「っめぇ!」
「マスター!こんなイイモン、隠してたのかよっ?」
弾けたように客達の間から笑いが漏れた。
ほんの数分前に店中が殺伐としていたとはとても思えない。
客達はデルマーノに代わる代わる、短く謝辞を述べるとそれぞれの席へと戻っていった。
目の前でコロコロと変わる情勢に着いていけず、ただ傍観するしかなかったアリア。
そんな彼女の元へとデルマーノは杯を二つ持ち、戻ってきた。
コトン、とアリアの目の前に杯を一つ、置くとデルマーノは元いた席へ座る。
「俺達の分まで残ってたよ。こりゃ、確かに縁起が良い。イッヒッヒッ………」
「……デ、デデルマーノッ?」
「………何だ?」
「これは……えっ?………と……何で?」
「いや、葡萄酒が余ったから俺達の分もって店主が……」
「そうじゃなくてっ!デルマーノは何したかって事よ……」
「ああ………んま、端的に言やぁ酒を奢っただけだ」
「だからっ!」
「分かってるって……どうして酒を奢ったら空気が和んだか?だろ?そりゃ……」