元隷属の大魔導師 101
アリアは仕方なく、半ば強制的にデルマーノの向かいへと座った。
店中から集まる視線が気になって堪らない。
「い、いらっしゃいませっ!ご、ごごご注文は………」
デルマーノが先程、テーブルの空きを聞いていた給仕の娘がどもりながらも必死に接客をしてきた。
アリアはよくよく観察してみる。
その娘はまだ、二十歳を過ぎてはいないだろう栗色のショートヘアーが映える可愛らしい少女であった。
緊張しているのは民と貴族との間に深い溝のある国であるが故、騎士や宮廷魔導師の相手をするのが初めてな為だろうか。
「あ〜、そうだな………」
「――おいっ、ローちゃん。んな奴らの注文、聞く必要はねぇよっ」
壁に書かれたメニューを見たデルマーノが給仕の娘――ローに品名を告げようとした時、店の中央から野太い声が割って入る。
「ああっ?」
「っ……?」
デルマーノとアリアは同時に声の発生源へと目をやった。
店内で一番大きなテーブルを占拠した八人の屈強な労働夫らしき集団、その中で最も体格の良い初老の男がこちらを睨んでいる。
「ふんっ!」
その男は椅子から乱暴に立ち上がると、ズカズカとデルマーノの前へと歩いてきた。
「あ、あのっ………」
ローは慌てて、デルマーノ達の座った席と男の間に立ち、止めにかかるが、男に優しくもあらがうことが出来ぬ力でどかされる。
その間に店中から敵意の視線を向けていた客達が男の後ろへと集まっていた。
アリアは額から嫌な汗が流れるのを感じ、腰の魔導剣に手をかける。
「………なんか用か?」
デルマーノは陽に焼け、真っ黒な男の顔を睨みつけ、尋ねた。
「……ここは大衆酒場だ。騎士様が何で来るんだ?」
「あん?騎士や貴族が入るなとどこかに書いてあったか?」
「…………」
「…………」
デルマーノと男は黙って、睨み合う。
じりじり、と他の客達も距離を縮めてきた。
その客達の圧力もどこ吹く風と視線がぶれないデルマーノに男は業を煮やし、沈黙を破る。
「ちっ………あんたらはこの国の人間じゃねぇから知らないだろうがな……ワータナーじゃあ、騎士様や貴族様方と食事をすると縁起が悪くなるっつー言い伝えがあるんだよ。だから、さっさと出て行っちゃくれないですかねぇ?」
ガハハッと男の背後で睨む、客達が声を上げて笑った。
アリアは息を飲む。いくら彼女でも男に難癖をつけられているのは分かった。
こんな時、ひねくれ者のデルマーノはどうするだろう?、と視線を送る。
「…………」
デルマーノはガタッと立ち上がり、男と向かい合った。
「……な、なんだ?やるのかっ?」
男は一瞬、躊躇したものの、相手が騎士ではなく魔導師のマントを着けている事に気付き、拳を構える。
他の客達も殺気立った。
スッ、とデルマーノが腰に手を下ろすと、男達の顔に緊張が浮かぶ。
その反応を一瞥し、デルマーノは腰にくくった小袋の紐を解いた。
アリアはその小袋の中に何が入っているか、知っていた。
「……その言い伝えには続きがある」