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ドールマスター〜人形師〜
官能リレー小説 - ファンタジー系

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ドールマスター〜人形師〜 5

荷物と言っても大した物は無い。
現金の入った財布と銀行の引き出し手形は常に上着のポケットに入れている。
あとは革鞄に詰めた出張用の工具一式…とりあえずそれさえあれば、どこに行っても仕事は出来る。
あとは…
私は上着を羽織り、机の上に置かれていた懐中時計を手にとってポケットへ突っ込んだ。
これだけは持って行きたいのだ。
それは今は亡き私の師匠(せんせい)から貰った物だった。
師匠には人形師としての技術以外にも、人として大切な様々な事を教わった。
…結果的に私はその教えに背き、人形師として…いや、人として犯してはならない罪に手を染めてしまう事となった訳だが…。
それが師匠の死後だった事が唯一の救いだと思う。
もし師匠が弟子のそんな姿を見たら悲しんだろう。

工房に鞄を取りに行った私は、ふと作業台の上の作りかけの人形に目が止まった。
ほぼ出来上がっていて、あとは最後の仕上げの行程だけ…。
十歳前後の愛らしい少女の人形で、子供を亡くした貴族の夫婦から制作を依頼されていたものだった。
「…マイスター、まさかその子も連れて行くなんて言いませんよね…?」
恐る恐るといった様子で私に尋ねる葵。
「だ…駄目でしょうか…?」
「当たり前です!まだ歩けない紅蓮も背負って行かなきゃいけないのに…!」
「でもあと少しで完成なのに…」
依頼された仕事を途中で放棄する事は工匠として受け入れ難い。
「その子は諦めましょう!」
「う〜ん…うぅ〜ん…」
私が決断出来ずにウンウン唸っていると、紅蓮がフラフラと覚束ない足取りでやって来て言った。
「マイスター…頑張ってくれてる所を悪いんだけど、たぶん逃げられないよ。この家の周り360゜ぐるっと囲まれてる…」
「え…っ!?」
戦闘人形である紅蓮には敵の気配を察知する能力がある。
「馬鹿な…!」
慌てて裏口に走り、覗き穴から外を見てみると、着剣した小銃を手にした兵士が三人ほど張っていた。
「……」
私は逃げる事は不可能と悟る…だがまだ諦める訳にはいかない。
愛しい娘をむざむざ軍に引き渡してなるものか。
私は意を決して玄関の扉を開いた。
「あぁ…やっと出てくれた」
「な…っ!?」
そこに居た者の姿に、私は驚き、言葉を失った。
国軍の軍帽軍服姿の将校と兵士達…その中に混ざって“彼女”はいた。
「うふ…お久しぶりですわね、師匠(せんせい)…」
「…シャルロッテ…まさか君とこんな形で再び会う事になろうとは…」
周りの軍人達と同じ無骨な軍服に身を包んでいながら、なおも引き立つ美しさ…。
彼女…シャルロッテは私のかつての弟子であり、私の尊敬する師匠の一人娘…そして共に将来を誓い合った恋人だった。
だが彼女が私に弟子入りした時期は、ちょうど私が戦闘人形に美を見出そうとしていた頃だった。
もちろん私は、かつて私が師匠から伝えられた技術の全てを余す所なく彼女に伝えた。
だがそれは技術面での事…精神的な面においては、私は師匠の教えを彼の娘に正しく伝えるという事は出来なかった…いや、しなかったのだ。
結果、彼女は戦闘人形専門の人形師となり、反対に戦闘人形を作る事を止めてしまった私とは袂を分かつ事となった。
その後、彼女の話は風の便りに時おり耳にしてはいたが、まさか軍に身を置いていたとは思わなかった…。
 
――――


葵に他の兵士たちの歓迎を任せ、私と紅蓮、そしてシャルロッテは家の奥へ向かった。
私自身の手でお茶を淹れると、彼女へと差し出す。
「あら…ありがとうございます、師匠」
そう言って何の躊躇いもなく、口をつける。その振る舞いに、私を疑うそぶりは一切見えない。

「相変わらず、と言いましょうかね…」
昔からそうだったのだ。私に対し危ういほどの信頼を見せ、かえって目を離せなくする。
狡猾と純真を同居させる、人間離れした精神性。
あの当時の私では、返って来れなくなっていただろう深み。

「ふふっ…分かっていらしたのでしょう? だからこうして席を設けてくださった」
そう笑みを浮かべる瞳の奥、星無き夜空が宿っていた。かつて逃げ出した光景。
追い詰められて、やっと向き合えた現実。
「えぇ。だからこうして、君と席を共にしています」

「我々の要求は一つ。師匠、貴方の軍属です」
お互い、これ以上の様子見は出来ない。
「対価として…うふふ、助手二体の安全の保障ですかね? それと師匠の作品は、私(わたくし)の管轄に」
 
「結構、それともう一つ。」
昨日から私の、一時の平穏は終わった。
残してきたもの、過去の罪。全てが追いついてきた。
「君の監視下で作業しますので、最後の仕事を終えさせてもらいます」

「ふふっ、うふふ…あはははは! 最高ですわ、師匠!!」
燃え上がるのは漆黒の情念か、はたまた純白の愛情か。
「帰ってらしたわね、あの頃の。美に狂った貴方が」
楽しそうで、嬉しそうで、子供のような笑顔。
狂いあっていた、あの頃の二人。

「いいえ。私は、愛に狂うと決めただけですよ」
平和な世界を再確認し、ついに気づいたのだ。
「シャル…また、私と踊ってくれますね?」
私たちの居れる場所は、狂気と鉄錆の中なのだと
「もちろんですわよ…愛しい人…」

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