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ドールマスター〜人形師〜
官能リレー小説 - ファンタジー系

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ドールマスター〜人形師〜 4


それからまた、しばらくの時間が過ぎた。
紅蓮の笑いが治まるまで待つ間、私は葵にお茶の用意を頼み、話し合うための準備をしていった。

「ふふふ…はぁ、面白かった…」

ようやく紅蓮の笑いが治まる。
目じりには涙を浮かべ、記憶には無い柔らかな笑みを見せる彼女に、私は戸惑いを押し殺しながら話しかけてみる。
一方、葵はベット脇のテーブルの上に二人分の紅茶を用意しながら、こちらへと耳を傾けている。

「あぁ、紅蓮…色々と聞きたいことは尽きないのですが、まずは何がそんなに可笑しかったのかを、聞か
 せていただいても宜しいですか?」

先ほどまで私の心を支配していた暗い感情が、彼女の笑い声によって祓われたかのように、落ち着いた気持ちで向かい合うことが出来ている。
だがあまりにも彼女の態度が私の覚悟していたものと違うので、今度は困惑と疑問が心を支配しているのだった。

「うふふふ…っ」

紅蓮は相変わらずおかしそうに笑いを堪えながら私の質問に答えた。

「…何でもない、何でもないの。あははは…っ!」
「そ…それだけ楽しそうに笑っているのに、何でもないという事は無いでしょう…」
「本当よ…」

紅蓮は少し遠い目をして私を見て言った。

「…私は生きている…今はただそう思うだけで底抜けに嬉しいの。生きてまたあなたに会えた事もね…マイスター」
「紅蓮……」

私は彼女の言葉に胸が詰まる想いがした。
ただ生きている事それ自体が嬉しい…その言葉は彼女が今までいかに過酷な環境で過ごして来たかを何よりも物語っていたから…。

私は何も言えなかった。
訊きたい事は山ほどあるはずなのに…。
そんな私の胸の内を察してか、紅蓮の方から話し始めた。

「…私ね…逃げて来たんだ…」
「…戦場から…?」
「…」

紅蓮は黙ってコクリと頷く。

「…私、最前線で戦ってたの。壊れるのは怖くなかった。毎日々々仲間達が壊れていくのを見ても、何とも思わなかった。でも敵の攻撃を受けて右腕を失った時、突然心底怖いと思った…。壊れたくないと思った…。そして何故かマイスターの顔が浮かんだ…。その後の事は良く覚えてない。酷く錯乱していたから…。気付いたら私は戦場から離れた森の中で一人…」
「…そして、ここを目指した…?」
「…」

再び無言で頷く紅蓮。
彼女は話を続ける。

「…無断で戦線を離れた人形に待っている運命は、良くて記憶を消去されて戦場に再投入…悪くすれば廃棄処分…。逃げ回っていても、いずれ軍に居場所を突き止められる…。でも最後に一度だけ、このアトリエに…自分の生まれた場所に戻りたいと思った…。マイスターに会いたいと思った…。どうしてそんな事を思ったのかは解らないけど…本当、どうかしちゃったんだ、私…」
「紅蓮…!!」

私は自分でも気付かない内に、紅蓮の身体を抱き締めていた。

「マ…マイスター…?」
「紅蓮…もうどこへも行くな!君を軍なんかに引き渡したりはしない!」

彼女の戦闘人形としては不可解な行動の原因…それもまた私の罪だ。
それは戦闘人形であるはずの彼女に“心”を与えてしまった事…。
喜び、怒り、哀しみ、憎しみ、恐れ、そして、慈しみ、愛する心…。
愛玩人形ならともかく、破壊と殺戮が主目的の戦闘人形…本来であれば心など不要の物である。
どのような残酷な命令でも、ただ忠実に実行する知能さえあれば良い。
むしろ心は枷(かせ)となる。
実際それで紅蓮は戦闘人形としてあってはならない行動を取った。
だが彼女を作った当時の私は、人形の“究極の美”なる物を追求していた。
そして、戦いの中で葛藤を抱き、苦悩する少女の姿こそ美しいのだ…という、今にして思えば小児病的な発想のもと、この紅蓮を始め、人としての心を持った戦闘人形を多数制作し、彼女達がどんな苦しみを味わう事になるのかなど考えもしないまま、戦場へと送り出したのだった…。

まったく今にして思えば何と罪深い事をしてしまったのだろう…。
本来ならば私には紅蓮を抱きしめてやる資格など無いのだ。
もうどこへも行くな…そんな言葉さえ私の過去の行いを思えば酷く寒々しく感じられる。
まったく自分自身の事でなければ心底から軽蔑したくなる程の傲慢さではないか。

だが…

…紅蓮はそんな私の元に帰って来てくれた。
私は決意した。どんな事があっても彼女を守ろう。
紅蓮…私の可愛い娘…もう誰にも渡さない。
決して手離すものか…。

そう決意した時、玄関の方からノックの音…続いて男の声が聞こえた。

「マイスター・アインスヴェル!軍の者です!よろしいですか!?」

来た…。
腕の中の紅蓮がビクッと身を強ばらせる。

「マイスター…」

不安げな表情で私を見上げる彼女の頭に私は優しく手を置いた。

「大丈夫…大丈夫ですよ、紅蓮…どんな事になっても、私が必ず君を守ります」

そして私は葵に向き直って言う。

「…裏口から逃げましょう。葵、荷物をまとめるのを手伝ってください」
「は…はい、マイスター」

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