魔剣使い 46
「す、すいません。隠すつもりは…」
「なぜ正直に素性を明かさなかったか、想像がつくよ。なに、恐縮することはない」
彼は鷹揚にそう言った。
「しかし、詳しく教えていただきたいものだ。君は魔剣を売ろうとしていたわけだが…君がその、ジプタ・カーナの探していた魔剣使いなのだろう? なぜ売ろうなどと?」
どう説明したものかと、タナハは悩んだ。
適当に言いつくろっても、簡単に解放してはもらえないだろう。
下手に嘘を重ねて魔剣を押しつけたとしても、少し調べれば…魔剣本人が口を割れば、彼以外に使えない代物であることはすぐにばれてしまう。
いくつか言い訳を考えたが、どれもうまくいかなくて、彼は結局正直に話すことにした。そもそもの最初から。
「度し難いな。普通は、手に入れた力をそう簡単に手放す気にはならんものだよ」
話を聞き終えたゼノバの、最初の言葉がそれだった。
「…でも俺…わたしはただのしがない道具屋だったので…」
「道具屋も立派な職業であることは否定しないがね」
彼は肩をすくめた。
「だが、正直なところ…我々は君の魔剣の力が欲しい。魔剣の力を引き出すために必要な、君の力もだ。道具屋の君ではなくね」
「ほ、欲しい?」
「知ってのとおり、異種属による侵攻がこのところ激しくなっている。我々も力を尽くして駆逐を目指してはいるが、地方の隅々までは行き届かないのが現状なのだ」
続けてゼノバが語ったのは、世間でも知られた事実だった。
国が報償を支払って、市井の退治屋に退治させている、という話だ。その対策が功を奏して、地方の被害の状況も把握できるようになりつつあるというのだが…
「あれ? それって警衛使庁の管轄か? どっちかってと防人部省じゃ…」
タナハはふと首をかしげた。
警衛使庁は治安維持、防人部省は国防がその主な役割だ。
異種属の出現にはたいてい防人部省から軍隊が派遣される。退治したのちには、破壊された村落の復興にも続けてその軍隊があたるという。
ゼノバは苦笑した。
「少々事情があってね。…さて、ここまで話せば、私が言いたいこともわかってくれたと思うが」
タナハはため息をついた。
「俺とこの剣を、雇いたいってことですか」
「むろん、報酬は約束する。活動に必要な費用や、派遣先での滞在の手配も全てこちらで行おう。必要であれば、護衛や侍従となる人員をつけても良い。君は戦士ではないようだし、ジプタ・カーナのように魔剣を狙う普通の人間に、傷つけられては困るからね」
どうかね、とゼノバはうかがうような目を向けた。
タナハは考えをめぐらせた。
闘うことに倦んだ彼にとっても、悪い話ではないように思えたのだ。ことに魔剣が売れないと確定し、これから稼いでいけるような先も見えない状態では。
護衛や従者をつけてくれる、というのが魅力的だった。
魔剣の意見はわざわざ訊ねるまでもなかった。あの剣は、そういう仕事がしたくてたまらないのだ。
だが彼は、一つ問題があることに気付いた。魔剣の魔力は、彼が与えているわけではないという問題だ。
彼は恥をしのんで、魔剣の力の源についても話すことにした。
「……というわけで、魔力の補給に金がかかるんです。娼婦買う分も、経費に認めていただきたいんですけど」
ゼノバ長官は少し考え込むようなポーズをとった。
難しいのだろうか、とタナハは少し後悔した。
考えてみれば警衛使庁は社会の風紀紊乱を取り締まる立場だ。この時代、買春は別に非合法ではないが、警衛使庁から出る予算として認められるものでもあるまい。
長官は数秒考えたのち、秘書を呼び出し、彼女にこう命じた。
「都市防衛対策室のエルヘ君をここへ」
ほどなくして長官室の扉が叩かれた。
「お呼びに従い参りました、ゼノバ長官さま」
「入りたまえ」
扉越しにかけられた細い、優しい女の声に、長官はそう応じた。扉の開かれる音。
タナハが扉の方を振り返ると同時に、ゼノバは声の主を紹介した。
「こちらはエルヘ・ゲルダ。都市防衛対策室魔道部門の職員だ」
聞き覚えのある名だ、と記憶をたどる暇もなかった。
長い黒髪を垂らした娘は、忘れようもない顔をしていた。