魔剣使い 40
それ以上の口上はなかった。動くなとも投降しろともいわない。ガニシャ警衛使は、ただ一言こう口にした。
「撃て」
女の対応は早かった。警衛使が一斉に引き金を引くと同時に、彼女はタナハの荷物に手をのばし、何かを勢いよく引き出したのだ。
それは一枚の大きな布だった。女の手に引っ張り出されるまま、警衛使たちの目からその姿を覆い隠す。
濃い色の生地に装飾的な意匠の紋が白く鮮やかに染め抜かれた薄布が、ふわりと空気をはらんで大きくふくらみ…
「な…消えた!?」
警衛使たちが一斉に目をみはった。
ひらひらと、ゆるやかにひるがえりながら布が地に落ちたとき、すでにその向こうに女の姿はなかった。部屋の奥の窓が開いている。
あとには無数の小さな矢が、ひしゃげて床に散らばっていた。
「防御の呪具か!」
ガニシャ警衛使が、感嘆の声音でそう呟いた。が、すぐに我に返り、部下たちに指示を出す。
「表の待機部隊と合流しろ。急げ」
早口にそういって、自らも扉から飛び出そうとする。
「あ、あの…」
それどころではないのはわかるが、このまま放置されては困る。タナハは蚊の鳴くような声で何とか呼びかけた。
幸い、彼は立ち止まってくれた。タナハの惨めな姿に眉ひとつ動かさず、警衛使の一人に、
「参考人の保護と現場の確保を」
と、簡潔に指示を残していったのだ。
置いてけぼりを喰らった気の毒な警衛使の手で、タナハはようやく自由の身となった。
まず服をまとったあと、彼は最初に、女が残した布に歩み寄った。ひょいとつまみあげ、確認して…彼はがっくりと肩を落とした。
「やっぱりこれかよ」
寝転がった状態でも製造元の紋がちらりと見えていた。だから布の正体もわかってはいたのだ。
だが、予想と違っていてほしかった、というのが彼の本音だった。
『翻身のマント』。
効果は一回限りだが大変高価な品である。
呪具の力や魔法を跳ね返したり吸収したりする呪物は、程度の差はあれど数多く存在する。しかし、物理的な衝撃を防ぐことができるのは、この『翻身のマント』ただ一種類であった。
作ることのできる職人は数少なく、めったなことでは店先にも並ばない。タナハにとっても虎の子の一枚だった。
その高級品には、使用済みの印がくっきりと浮かび上がっていた。
「もったいねえ…!」
状況もわきまえず、そんな言葉が口をついて出てきたのも無理はなかった。