魔剣使い 39
衝動を我慢できないのだと、先刻彼女は言った。
「……!」
絶望的な距離に警衛使たちが去ってしまう前に、今度こそ彼は大声を出そうとして…数秒間躊躇した。今彼は男として、死んでも他人にさらしたくない姿でいるのだ。
だが、彼が覚悟を決めるよりも早く、ドアの外にいた者たちは決断を下していた。
何かを叩きつける鈍い音が一発。
建て付けのよくないドアは、簡単に外から蹴破られた。
「警衛使庁だ! 動くな!」
立ち去ったと思われたのは偽装だったらしい。警衛使たちは突入の瞬間をはかっていたのだ。
なだれ込んできた男たちに、だが女は慌てなかった。ただ、先頭の男を見てにこりと笑う。
「ガニシャ警衛使!」
長年の恋人に会ったかのような、親愛と歓喜のこもった呼びかけだった。
こんな状況でなければ、これほどの美女にうれしそうに呼ばれて喜ばない男はいなかっただろう。だがこの場合は明らかに、その呼びかけは揶揄の意味を含んでいた。
「久しぶりだねえ、その節はどうも」
呼びかけられたのは、まだ若々しい、厳しい顔つきの警衛使だった。彼は、彼女を見るなり表情をさらに険しくした。
「ジプタ・カーナ! 通報を聞いて、すぐに貴様だとわかったぞ。やっと…!」
抑制のきいた調子で、彼は続けた。
「やっと貴様を逮捕できる」
女は笑った。
「以前にも聞いた台詞だわ」
「ほざいているがいい。…第一級指名手配犯だ、確保しろ!」
ガニシャと呼ばれた男の咆吼と同時に、警衛使たちは整然とした動作で一列に陣を組んだ。
手の中でナイフを閃かせながら、女はいった。
「一斉に襲ってこようっていうのかい? 学習しない連中だねぇ」
無造作に身構える。
大の男三人を、一瞬で細切れにしてのけた女の早業をタナハは思い出した。
「警衛使殺しは罪が重いから、あんまりやりたくないんだけど」
「心配するな。これでも学ぶことは知っている」
「へえ」
女は嘲笑の形に、口の端をつり上げた。
「何を学んだっていうんだい」
「『ジプタ・カーナの間合いに入るな』だ」
ガニシャ警衛使は、いたって真面目な口調でそう答えて、さっと手を挙げた。その合図とともに、一列に並んだ警衛使たちが、一斉に片腕を女の方に突き出す。
「!」
警衛使たちの腕には、掌弓と呼ばれる、引き金で専用の矢を撃ち出す小さな弓が皮の帯で留められていた。
すでに据えられた矢の矢じりに羽はついていない。矢というよりは、鋭くとがった鉄針だ。
東の荒野に住む少数民族が、狩りや暗殺に使う武器だ。小さいが、狙いどころによっては人を殺傷することもできる。少なくとも、この数で撃てば動きぐらいは封じられるだろう。
女はようやく、あざけりの表情をわずかに改めた。
「なるほどね…」