魔剣使い 37
しばらくして音が止み、女はすっくと立ち上がった。全身を血に染め、顔を伏せている。
肩が震えていた。小刻みに、こらえきれないふうに。女は血まみれの手で、自らの肩を抱いた。震えを抑え込むように腕をぎゅっと掴む。
自らのなした行為に、恐れおののいているのだ。…タナハとしては、そう思いたいところだった。それならば理解できる。
だが、伏せた顔を上げて女のひとみが彼を捉えたとき、その願望はもろく潰えた。
黒い目は興奮に濡れてきらめいていた。黒い頬は紅潮し、吐息が荒い。
女の顔は、笑みの形にゆがんでいた。こみ上げる笑いを、必死におさえこもうと身を震わせていたのだ。
苦しげな息づかいの続いたのち、とうとう、ヒ、とひきつったような音が洩れた。それが呼び水となった。
「ひっ…く、っくく、あっ、はははははは!」
こぼれ出たのは、子供じみた高笑いだった。
笑いは長く、長く続いた。胸をそらし、あるいは体をくの字に折り曲げて、ほっそりした体が砕けそうなほど激しい歓喜の現出だった。声がところどころ悲鳴のように裏返り、ヒステリックに耳に障る。
落ち着くまでには何分もかかったように、タナハには思えた。
深呼吸を幾度か繰り返したのち、女は笑いすぎてこぼれた涙を指先で拭った。
「ごめんねぇ、ダメなんだよ…この感じ」
苦しげに息をあえがせながら言う。
何を謝っているのか、何が『ダメ』なのか、タナハには何一つ理解できなかった。そもそもなぜ殺したのか、そこから理解できない。
意味などないではないか。彼女は、タナハが魔剣の持ち主ではないと思っているのだ。闖入者に横取りされる恐れもなければ、勘違いで襲われるタナハを守ってやる義理もない。
逃げればいいだけのことだ。
都には、地方よりも機能的な警察機関と法律がある。意味もなく犯すには、殺人はリスクが高すぎた。
「ダメねぇ、あたしったら。我慢しようと思ってるんだけどね。どうもやめられないのさ」
酒や煙草の話でもしているのかと、錯覚するほど軽い口調だった。
「衝動に負けたっていいことないって、わかってんだけどねえ」
恐怖にとらわれ身をすくめる彼に、彼女は手をのばしてきた。
「うあっ」
男根を不意に握りこまれ、彼は目を瞠った。
これほどの恐怖にも関わらず、根を締められた肉棒はいまだ高くそそり立っていた。麻痺したかに思われた感覚は容赦なく生きていて、尻で蠢く呪物の刺激を全身に伝えていた。
だが、それだけではない。
「興奮してるの…?」
甘ったるい声で、女は囁いた。そのままゆっくりとベッドに乗り上げ、彼に跨る。
否定はできなかった。体刺激のためだけではない。
彼ははっきりと自覚していた。女の言う通りだ。興奮している。追いつめられた恐怖が、彼の動悸を激しくし、体温を上げていた。異常に全身が熱い。