魔剣使い 11
彼は黙って頷いた。
馬の後ろ脚を一本、口の端からのぞかせながら、緑人の注意がこちらを向く。
怖かった。もう一瞬も、この視線に身をさらしてはいられないと、彼は思った。
奮い立たせるように、柄を握りしめる。
「なるようになれだ!…おらあっ!」
半ばやけっぱちで、彼は空中を真横に薙ぎ払った。
ゴオォ…ォン。
重い鐘を打ったような、極低音の大音響。
効果は絶大だった。何の反動もなく、力は放たれた。
先ほど女魔法使いが使ったような、爆発の魔法とも違う。
真空で切り裂くのでもない。焼き尽くすのでもない。
「消え…た?」
まさに、消滅していた。
振った切っ先の延長線上からは、一切のものが消えていた。
わずかに弧を描く、伏せた三日月型の剣の軌跡。
それが距離にしたがって拡大され、緑人の体三分の一ほどを消失せしめていた。
その線上には、背後の山も廃墟も何もなく、ただ、闇にとける深淵が穿たれている。
緑人の露出した断面から、ぼたぼたと黒っぽい粘液が大量に流れ出していた。
目から光が消え、重い轟音とともに巨体がくずれだした。
土砂が流れるように、盛り上がった体が地に広がっていく。
「すっげ…」
彼は呆然と、自ら振るった剣を見やった。
Aランクどころではない。伝説の魔剣クラスだ。
「こんな簡単なら、早くいえよ。ヴァルキューレ・ドールの女に無駄なことさせないでさ」
倒れている女に駆け寄って彼は文句をいった。
だが、剣は静かな口調で応じた。
「汝は正規の使い手ではあるが、未熟者だ。汝が我を振るえば、解放の加減をできずに全ての力を引き出してしまうであろうことはわかっていた」
「だから出し惜しみしてたのか」
「永にわたる眠りで消耗しておるのだ。今のが残されし最後の力であった。補給ができるまで、時間を稼ぎたかったが…」
魔剣はしかたがないとばかり言葉を切った。
「殺し切れておらぬなら、疾く逃げよ。もはやこの身はうつつの剣と変わらぬ」
「え?殺し切れて…」
…緑人の耐久力には定評がある。
剣の言葉に、彼はそれを思い出した。
あわてて振り返った先で、緑人の体が苦悶するようにうねる。生きているのだ。
体液がこぼれおちる断面をふさぐように、他の部分の体表が流動していた。回復している。
再び動き出すまでに、そう間はないように見えた。
一人でならば逃げのびることはできるかもしれない。
だが逃げ切れる保証はない。そして彼のもとには、気絶した女が二人いる。
彼の判断は速かった。
手近の、一階部分の半ばから倒壊した家屋跡に飛び込むと、荷物から平たい紙包みを取り出す。