モンスターハーレム 第2章 330
次に彼女が姿を現したのは、ラーブラたちのすぐ後ろであった。
気配も感じさせず、いつの間に移動したのか。いや最初からそこにいたのか?
異名持ちのやり取りに、トルナたちは動くことすらできない。
そして緊張と恐怖で動けないラーブラのあごに、キュリエルの細い指がそっと優しく触れてきた。
宝石のような、きれいなものを扱うように。
ガラス細工のような、壊れやすいモノを扱うように。
もはや彼女たちは死神に魅入られた、ただのあわれな生贄だった。
「ほら〜。サークちゃんがそんなに殺気立つから、このコたち、こんなに怯えてるじゃない。
同じ釜の飯を食べた仲なんだから、もうちょっと優しくしてあげなさいよね〜?」
「知るか」
甘ったるい声を上げるキュリエルの言葉を、バッサリと切って捨てるサーク。
仲間(?)にまるで相手してもらえないキュリエルは、少しすねたような表情を浮かべると、すぐに笑顔を浮かべてニオルドに背中から抱きついた。
背中に広がるやわらかな感触に、ニオルドは恐怖と官能で鳥肌が立つのを感じた。
さすがは『妖艶』、老若男女を魅了するのはお手の物らしい。
「いいわよいいわよ。私はこのコたちがいるんだから。
あなたたちは私にひどいことしないわよねー?」
イタズラっぽく微笑みながら問いかけるキュリエル。
だが3人には腹をすかせた肉食動物が、自分たちを品定めしているようにしか見えない。
彼女の質問にYesと答えるべきか、Noと答えるべきか。
それとも恐怖の呪縛を振り切って切りかかるべきなのか?
どの選択をしても殺されそうで、どうしていいのかわからない。
「ねえ〜、どうして答えてくれないの?
やっぱりあなたたちも、私のコト嫌い?」
サドっ気たっぷりに、笑って追い詰めてくるキュリエル。
もはや玉砕覚悟で切りかかるしかないのか?
そうあきらめかけたその時。
「その辺でそろそろ勘弁してやってくれや、キュリエル。
今のそいつらはオレの大事な部下だ。あんまりイジメねえでくれよ」
ニオルドに絡みつくキュリエルを、ローが軽い口調でたしなめた。
それも今にも切りかかりそうなサークに背中を向けて。
そのあまりの無防備さにラーブラたちは一瞬キュリエルへの恐怖を忘れた。
だが彼女たちを驚かせたのは、不意打ちされても大丈夫というローの余裕にではない。
『凶将』と呼ばれるほどの魔物の放つ殺気を、平然と無視したことに驚いているのだ。
普通、自分に害をなす脅威を前にしたとき、ヒトはそれからなかなか目を離すことができない。
目を離せば何をされるかわからないからである。
背中を見せて逃げるという行為は、実は一か八かのリスクを伴う行為なのだ。
なのに。いくら同じ異名持ちで知っている間柄とは言え。
このすさまじい殺気の中で背中を向けたのだ。