比翼の鳥は運命の空へ 4
「痛っ!」
頬に痛みを感じ、アレスは顔をしかめた。
激突の瞬間、わずかに牙がかすめていたらしい。
振り返ると、大狼は木の下てぐったり横たわっていた。
(傷口を洗わないとな)
大狼の牙に毒があるわけではないが、洗っておくに越したことはない。
アレスは剣を鞘に納めて革袋を担ぎ直すと、沢を目指して歩き出した。
河は先日の雨のせいでやや増水していた。
傷口を洗い、べったり付いていた血を落とす。
そして何気無く流れに目をやった時、アレスは河の中に見覚えの無い物があるのに気付いた。
川面から突き出た岩に何かが引っ掛かっている。
「箱、か?」
一瞬流木かと思ったが、それにしては輪郭が直線的だ。
アレスは怪しみながらも岩に跳び移り、それを水の中から引き上げる。
「鞄、みたいだな」
引き上げた箱は十センチほどの厚みがある長方形で、取っ手と蝶番がついていた。
実はこれは貴族などが旅行などに使うトランクなのだが、田舎暮らしの平民であるアレスには分かるはずが無かった。だがしかし鞄という表現はあながち間違ってもいない。
「やなもん拾っちまったなぁ」
物の価値に詳しくないアレスでも、拾った鞄が高価な物だという事はわかる。持ち主が金持ちである事もだ。故になぜこんな田舎の河に流れ付いたのかを考えてしまい、気が滅入った。
「どざえもんとか流れ着いてないだろうな……」
今日日盗賊なんて珍しくない。この鞄の持ち主が旅の途中で盗賊に襲われて、誤って河に落ちたり、盗賊に捕まって口封じに河に投げ込まれて水死体になって流れ着いていてもおかしくなかった。
そんな悪い想像が当たらない事を祈りながら、アレスは沢を見回す。
そして残念ながら、彼の祈りは届かなかった。
「げ!」
先程顔を洗った場所からちょうど対岸に当たるところに、人が打ち上げられているのを見つけ、アレスは思わず声を上げた。
どう考えても鞄の持ち主としか思えない。
「うぅ……マジかよ」
予想が当たっていてもこれほど喜べない事はそう無いだろう。しかし見つけてしまった以上無視もできない。ブクブクに膨れ上がった水死体を運ぶ事を考えると更に気が滅入るが、このまま野晒しにしておく訳にはいかなかった。
岩から岩に跳び移って対岸に着地する。
漂着したのはどうやら女性のようだった。濡れて張り付いた衣服が滑らかな身体のラインを浮き彫りにしている。銀色の長い髪に隠れて顔は見えない。
アレスは女性の身体の向きを変えると、脇の下に腕を差し入れて上半身を持ち上げた。そのまま引き摺って水際から離れ、仰向けに寝かせる。
「俺と同じくらいの歳か……」
銀髪をどけると現れたのは十六、七歳くらいのまだあどけなさの残る少女の顔だった。
(可愛い娘だなぁ)
不謹慎ではあるが、アレスは素直にそう思った。