大陸魔戦記 99
「…ぅ…うぅ…」
気がつくと、ジルドの胸に顔を押しつけ、泣いていた。
ジルドは彼女を静かに抱きしめ、器用に体を起こす。
「……済まない、泣かせてしまったな」
ジルドはできるだけ優しい口調で、アグネスに語りかける。
「…仕方ない。一度きりなら、ただ君の欲求を満たす為だけのはけ口になろう。それで、いいな?」
「…ぅう…うん……」
すすり泣くアグネスは肯定を、言葉ではなく仕草で示す。理解したジルドは、アグネスを抱きかかえて立ち上がり、アグネスが寝ていた寝台に、歩んでいった。
まず、抱きかかえたアグネスを寝台に腰掛けさせ、優しく髪を梳く。
「…まず、何をして欲しいんだ?何でも言ってみてくれ」
彼女が泣き止んだのを見計らって、できるだけ相手をいたわるような口調で問いかける。
するとアグネスは、切なさをたたえた表情でジルドの頬に手を這わせた。
「…長く、深い…熱いキスをしてくれ」
その言葉を言い終わると同時に、顔をぎりぎりまで近づける。
間近に迫る、ジルドの顔。その瞳に写る自分は、どうやら上気しているらしい。
「最初はそれじゃないと……実感がない…」
「…なるほど、案外わがままな人だな。しかし、」
ジルドの腕が、腰と背中に回る。
「俺も同じ意見だ」
アグネスの唇に、自身のそれを重ね合わせる。すると相手の側から、吐息とは異なる意味の熱さを持つものが、流れ込む。
さして驚くわけでもなくそれを受け止めたジルドは、それと同じ熱さをもつものを触れ合わせ、口腔内でねっとりと絡め合わせた。
くちゅ…にちゃ、ちゅく…
微かな水音は、二人がどれだけ熱心に互いを確かめ合っているのかを、言葉以上に示している。
「…ん…ふ……ふぁ…ふぅ」
接吻の終幕は、アグネスが引いた。
ジルドの舌を自らの口内に招き入れ、たっぷりと唾液を持たせてから唇を離す。伸ばされたジルドの舌、そして招き入れたアグネスの口から、少なくはない量の粘液が滴り落ちる。
「……ふふっ…すごいキス…」
とろけてしまいそうな、妖艶な笑みを浮かべ、アグネスは満足そうに舌なめずりする。
「本気でその気になってしまいそうな熱さだ…」
「そう言われると、悪い気はしないな」
ジルドは彼女の体を抱きしめたまま、不敵な笑みを見せる。
「しかし、まだ序の口だぞ?これだけで満足していたら、身が保たないぞ?」
――半分は、嘘。達者になるほど手慣れているわけではないつもりだし、そもそも相手に過剰な負荷を与えるような情交を、彼は嫌っている。
故に、単なる言葉遊びのつもりだったのだが。
「…その方がいい…」
期待の入り交じった、不意の言葉。微かに虚ろな目の中で、欲の火種が生まれる。
なるほど、そういう事か――ジルドは悟る。
彼女が情交を望む理由は、限りない喜悦と濃密な甘さを持つ蜜の味を知ってしまったからではない。