大陸魔戦記 98
ジルドは、察する。
無意識のうちに手が伸び、アグネスの肩を掴んで、その体を遠ざける。
「あっ」
――アグネスの口から零れ落ちた驚きには、どうみても驚き以外のものが含まれていた。
間違いない――ジルドは確信する。肩を掴んだ手は、痛くない程度に力を込める。そしてアグネスの顔をしっかりと見つめ、口を開いた。
「…俺を試すというのは建前で、純粋に君がしたかっただけなんじゃないか?」
アグネスの体が、ぴたりと止まる。
「…図星か」
ジルドは肩を掴んでいた手を離すと、頭を押さえ唸った。
「…君が独り身だというのを考えず、求められるままセリーヌとしていた事は謝ろう」
「……」
アグネスはうつむき、口を閉ざす。対するジルドは、わけがわからないと言いたげな顔で、言葉を続ける。
「だが、幾ら欲求不満だからといってもそれに流されて、ただ性のはけ口として俺を求めるのは、正直感心しない」
立ち上がるジルド。彼はソファに腰を下ろし、ため息をつく。
「一時の欲求で、本来なら好き合う者同士でやるような事をしないでくれ…」
言い切った後で、中途半端に中身が残った酒瓶を取る。そして中身をグラスに注ぐと、一気にあおった。
「……済まない、言い過ぎてしまった」
飲み干した後で、ジルドは謝罪する。
「……」
しかし、後ろにいるはずの女剣士からは、何の応答もない。
やはり、言い過ぎてしまったか――そう思いながら、振り返ると。
「……」
立ち上がり、わなわなと震える、アグネスの姿。思わず、立ち上がりかけるジルドだったが。
「…ふざけるなっ」
吐き捨てるかのような台詞と同時に、女剣士が飛びかかる。ジルドは虚を突かれるも、冷静に彼女を受け止めつつ体をひねり、うまくソファの上に倒れた。
「そんな事っ、とっくにわかってるっ」
声を荒げながら、ジルドの胸に拳を叩きつけるアグネス。
「だが、お前はわかっちゃいないっ」
歯を食いしばり、呆気にとられているジルドを睨む。
目には、知らぬうちに涙をため、今にも零れてしまいそう。それに気付いてしまったジルドの表情は、苦いものに変わる。
そしてアグネスは。
「一度その味を知ってしまった私にとっては…耐えられないんだっ。その行為を、蚊帳の外で見聞きだけするのはっ」
――本音の、発露。口実にした建前など忘れ果て、偽りのない心をジルドに晒している。
「それを…お前は、わかっちゃいない…っ」
――そして、一筋の涙。一度流れ始めると、後はもう止まらない。