大陸魔戦記 97
離れていく二人。その間に唾液の橋がかかるも、自重に耐えられなくなり、すぐに崩れる。
「……口移しで酒を飲まされた感想は、どうだ?」
頬を挟んだまま、囁くように言うアグネス。妖しい笑みを浮かべ、ジルドを間近で見つめる。
「…少なくとも、悪い気分ではないだろう?」
「……」
確かに、悪い気分ではなかった。
何せ口移しの相手は、セリーヌとは異なる美しさを持つ、妙齢の女剣士。大抵の男ならばその場で本能を晒している。しかし、性に対する理性が生半可に強いジルドの心境は、複雑である。
口移しの感想を問われたジルドの採るべき選択は、二つに一つ。
片や、肯定。それはアグネスに、要らぬ口実を与える事になる。そして彼女は、それをみすみす逃したりはしない。
片や、否定。それはアグネスに、要らぬ反感を与える事になる。そうなっては、今後に必ず支障を与えるであろう。
そしてジルドは、そのどちらも採る事ができない。片や、意固地な誇りがある故に。片や、先を見据える思考がある故に。
「……頼むから、からかわないでくれ…」
にっちもさっちもいかなくなったジルドは、とうとう降参してしまった。
だがその言葉に、アグネスの眉がぴくりと動く。
彼女は手をジルドの頬から離すと、再び酒瓶に口をつける。今度は口に含むためではなく、飲み干すために。
「……」
どうやら、どちらか一方を選んだ方がまだましだと思わせるだけの地雷を、踏みつけてしまったらしい。思わず、生唾を飲み込んでしまう。
「…ふぅ」
蒸留酒を軽く一本飲み干したアグネスは、空になった瓶をテーブルの上に戻す。その後、再びジルドに向き直った。
――何を思ったのか、寝間着の襟元を軽くくつろげながら。
「ま、待て。君は、好きでもない男と簡単に肌を」「弁解など無用。少し黙っていろ」
必死の弁解も、言い切る前に一蹴。その間にも、アグネスは迫る。
一歩、また一歩。
しかしジルドは壁際にいるため、下がる事ができない。
――すなわち、万事休す。加えて、まな板の上の鯉と化している。
「……ふむ」
とうとう目の前に戻ったアグネスが、身を屈める。その手が上着の裾に置かれ、中をまさぐる。
かと思うとぴたりと止まり、今度はすっ、と這い上がってきた。
「……やはりというか…なかなか逞しい体だな…」
露わになった腹部。その逞しさに、アグネスは感嘆の息を漏らす。
――吐息に、艶っぽさがまじったのは、気のせいだろうか。
「…上がこれだけならば……下は、どれ程なのだろうな」
唇が触れ合ってしまいそうな程に距離を詰め、アグネスはわざとらしくからかう。
――その言葉には、明らかな期待の響き。
(…!)