大陸魔戦記 93
その言葉、その瞳に込められたアグネスの心がわかるだけに、セリーヌは内心困り果てていた。
これは、曖昧な答えはできないぞ――と。
――正直な所、自分でもよくはわかっていない。ただ一つわかっているのは、その先何の抵抗なく身体を合わせるようになるきっかけとなった『あの』睦事は、成り行きだった、という事だけだ。
あの時は、媚薬の影響で意識が朦朧としていた。押しつぶされてしまいそうな不安から逃れたくて、体の底から湧き上がる疼きを止めて欲しくて、自分を助けてくれたジルドに救いを求めた。
湧き上がる疼きは性の欲求である事を理解していた。それに自分を助けてくれたジルドならば、請えば支えになってくれると、浅はかな思いを抱いていた。しかしジルドはそれを見抜いたのか、「自分は姫が求めるべき相手ではない」と言って、それを拒んだ。
その言葉は彼女に、「ジルドに抱かれたい」という純粋にして確固たる想いを抱かせた。
そして睦事の最中でさえ、なおもセリーヌをいたわり、「まだ間に合う」と言って何度もセリーヌの意志を確かめた彼に、彼女は惹かれていった。
ああ、この男は、情欲などを脇に置いてなお相手を思いやる、優しい男なのだ――そう思い始めると、湧き上がる情愛の念はあふれていくばかりで、止まらない。
気がつけば、「忌々しい疼きを止めて欲しい」という目的が、「ただジルドを求めていたい」という意志にすり替わり、その甘美なひとときに溺れていったのだ。
――と、そこまで考えて、セリーヌはふと気がつく。
何故ジルドに心を開いたのかは、自分でもよくはわからない。
しかし、『あの』睦事の中で、何かが変わったのは事実。
ならば、彼との睦事の中でならば、わかるのではないか――
気がつけば、その考えをアグネスに明かしていた。
「……そうですか」
心なしか、彼女の口調には暗さが宿っているような気がする。しかしアグネスは顔を上げると、何でもないかのような目で辛辣な言葉をこぼした。
「姫様は、どうやらジルドとの享楽に溺れかけているようです。彼が姫様と分相応ならば良いですが、分不相応ならば一大事。手遅れになる前に釘を刺しておくのが、我が務め」
その内容から、後に続く言葉など容易に想像できてしまう。セリーヌは、密かにため息をついた。
「…このアグネス、我が身を以て、ジルドを試させていただきます」
先程までの憂いはどこへ行ったのやら。アグネスはすっかり、厳格な将としての顔を取り戻していた。
こうなっては最早、自分では止められない。
「…勝手にするがよい」