大陸魔戦記 92
「同じパイを取り合うのであれば、せめて堂々とありたい。それに」
セリーヌは、アグネスの手を取る。
「卿とならば、パイを半分ずつ取り分けて食べてもよいとさえ、思っているぞ?」
「そのような」
「我は真面目に言っておるぞ」
アグネスは戸惑ったように目を伏せ。
「…姫様、有難き御言葉、感謝の念に耐えませぬ。されど」
されど、その唇が紡ぐは、否定の言葉。
「違うというか」
拗ねたようにセリーヌは、その肢体を丸めた。その様はまるで怒った子猫に似て、アグネスはそんな主君の有り様にくすりと笑いを漏らした。
「何がおかしい」
「いえ、失礼しました。しかし、姫様はお分かりになっておられませぬ」
「子供扱いはよせと…ん?」
ふと、アグネスの両手が、己の頬を包み込む様に。
セリーヌは違和感を覚えた。
違う。
これは、敵意ではない。
「わたくしは、姫様に妬いているのではありませぬ――」
「…アグネス?」
その白い肌を褐色の手が撫でる。
「――ジルドに妬いているのです」
「…ジルドは、姫様の御心をことごとく察してきました。長年姫様に仕えてきた私よりも、早く、深く」
アグネスは、独白のように語る。
「私は、悔しかったのです。姫様の――仕えてきた主君の御心を察する事に劣っていた、自分に。そして妬みました。私よりもはるかに姫様の御心を解する、ジルドが」
「アグネス……」
淡々と語られる彼女の心情に、セリーヌはただただ、息を呑むばかり。同時に、調子にのってからかいすぎた事を後悔した。
それを知ってか知らずか、アグネスはなおも続ける。
「しかし、わからないのです。何故、ジルドは会って間もないはずの姫様と、心を通わす事ができるのか。何故姫様は、ジルドに心を開くのか」
言葉を切り、微かに大きく息を吐き出す。もしかしたら、気持ちを落ち着かせているのかもしれない。
――再び、彼女は口を開く。今度は、振り向いたままこちらを見つめる、翡翠の瞳をまっすぐに見据えて。
「…教えて頂きたい。何故、姫様はジルドに…心も…身体も…全てを開く事ができるのですか」
問いかける目は、ただひたすらに真摯をたたえている。