大陸魔戦記 86
そして、セリーヌも。
「我も待つぞ。我は、もっと卿を知りたいからな」
やはり、『待つ事』を誓う。
「済まない…だが、いずれ話す。それだけは、誓える」
そしてジルドは、確信をもった笑みで、それに答えた。
――それから数刻。
これからの事をひとまず脇に置く事にして、三人は部屋で思い思いの休息を取る事にした。
何せ、リオーネではサンチェス兄妹の件とその後の情事のせいでろくな休息が取れず、逃げるように出て行ったその日の夜の寝床は馬車の中。旅慣れたジルドはそれなりに休息を取れはしたものの、アグネスとセリーヌはなかなか寝付けず、結局は疲ればかりが溜まる始末。
故にジルドは、まずは二人を充分に休ませる事にしたのだ。
ちなみに、彼が宿泊先として選んだのは、ホテル・ピア・ソプラーネ。トルピアの中でも快適さと信頼度が高いホテルの――
スイートルームである。
二人を気遣ってわざわざ高い部屋を借りたのだ。本来ならばかなり手痛い出費である。
しかし、ジルドはそれを苦とも思わなかった。
(…やはり、ここにして正解だったな)
スイート以上の部屋のみに割り当てられた広いベランダの中央で愛剣を構えたまま、ジルドはちらりと部屋の様子を盗み見た。
セリーヌは湯込みの最中である。そのため、部屋の中にはふかふかのソファに腰を降ろし、自分の番を待つアグネスだけがいる。
そしてそのアグネスは、疲れているのかうつらうつらと舟を漕いでいる。
(……色々、気苦労が多かったのだろうな)
そんな事を思いながら、ジルドは己の剣に目を戻した。
ゆっくりと、息を吐く。
素早く掲げられた刃が夕陽の朱を受け、ちかりと煌めく。
その姿勢のまま、
一秒…
二秒…
三秒…
「……っ!」
剣が舞う。
空を切り、微かな唸りを上げ、朱の光を受け、鮮やかな軌跡をなす。
それはまるで、完成された一つの舞のよう。だがそれは、華やかな宮廷での舞にそぐわぬ、無骨にして鋭利なもの。さしずめ、死に行く者に対するせめてもの手向けであろうか。
だが、ジルドの瞳からそれを解き明かす手掛かりを得ることはできない。彼の目はあくまで平静を保ち続けている。
――と。
「……やはり、すごいな」
不意に、剣がぴたりと止まる。