大陸魔戦記 69
あるいはそれは、月の女神が、戦に疲れた者たちに与えた給うた慰撫なのかもしれなかった。
セリーヌの横顔が、その青白い光の慈悲に照らされて、より一層白く映える。
と。
その頬から、一筋の線が、煌めくように零れ落ちるのを、ジルドは見た。
表情を歪めず、嗚咽も漏らさず。
皇女の顔は安らかな寝顔そのものであったけれど。
ただ、その端正な顔立ちに流れる幾筋もの涙の跡。
それは、感情を表に出すことを禁じられた高位の者のみが許される、美しくも寂しい感情の発露であった。
市民兵舎で、何者も知らぬ惨劇を悟った時。
平気か、とジルドは問い、姫は確かに頷いた。
その問いは、親を亡くした子にそう尋ねるが如く、救われないものではなかったか。
その頷きは、悲しみを隠そうとする子供の強がりに似て、あからさまな明るさに強張ってなかったか。
「…」
ただジルドは、その掌をセリーヌの頬に合わせた。赤子を扱うように優しく、その顔に流れる涙を拭う。
「ん…」
頬に伝わる心地よい感触に、姫は薄く目を開ける。
翡翠色の瞳が、ぼんやりとジルドの瞳に注がれる。
それも、僅かな間の事。
「…ジルド、か」
己の顔に手をやる者の姿を認めて、姫は呟く。
「悪い。起こすつもりはなかった」
「いや、良い。正直に言ってしまえば、椅子に座ったまま寝るというのは始めてでな。寝付けない」
そう苦笑した後で、姫は己の顔から手を離したジルドを、じっと見つめた。
「…身体が多少痛い。散歩に付き合わないか?」