大陸魔戦記 68
ジェイコブの計らいで立派な馬車を手に入れたジルド達は間を置かず、急ぐようにリオーネを後にした。
行政委員の知らぬ所で何かが蠢くような町にとどまるのは、何となく抵抗があったのだ。
馬車を走らせ、リオーネとトルピアを繋ぐティアクルス街道を南下し始めてから、約半日。特にこれといった障害もなく、順調にトルピアへ向かっていたのだが。
日は暮れ、月明かりが大地を照らすようになった頃、ジルド達はやむなく馬車を停める事となった。
日中ならともかく、光の頼りない夜は道がよく見えない。もしも道に転がる岩にうっかり乗り上げようものならば、馬車は間違いなく横転する。そうなってはせっかく増やした食料なども、単なるお荷物となってしまう。
急く気持ちもあるにはあったが、そんな事になっては元も子もない。ここは焦らず、夜を明かす事になった。
セリーヌとアグネスが寝静まった頃、もぞもぞと動き始める影が一つ。
無論、ジルドである。
彼は気付かれないように起き上がり、片膝を立てた状態で壁に寄り掛かる。
ジルドは傍らの剣に目をやり、小さく息をつく。
(…全く…こうやって姫といるのはいいが、一体いつまでこうしてればいいんだ?)
そんな事を心のなかで呟いても、答える者などいない。しかしジルドはしばらくの間剣を睨みつけ、今度は明らかなため息をつく。
(…手がかりは『姫』と『亡国』、そして『愛』……現状、その手がかりに合致するのは彼女だけだが…どうしろと言うんだ、相棒…)
視線を外し、窓の向こうを見る。
―――すると。
光が一筋、差した。
夜空を覆い尽くしていた闇色の雲たちを縫うように、月がその姿を誇らしげに晒したのだ。
月の初めの三日月は、太陽のような力強さを決して持ち得なかったが。淡く儚げなそれは、窓枠越しに馬車の中を照らし、眠りについた者たちの姿を優しく包みこんだ。
小高い丘の上、彼らの馬車の周りだけが、闇の中で美しく輝く。それは、水の上に、ひっそりと睡蓮の白き蕾が花開くかのよう。