大陸魔戦記 65
ジルドらの不信な目を尻目に、息せき切って駆けて来た彼らではあるが。
その中で最も豪奢な衣装を着た、小太りの男が、開口一番こう言ってのけた。
「お、恐れながら、セリーヌ姫殿下とお見受け致しますが?」
質問の意味を計りかねてセリーヌはしばらく迷ったが、今更否定したところで始まらぬ。
「…そうだが」
流麗に頷く皇女を他所に、長ったらしい衣装を着た男たちはどよめいた。
肥え太った右手を挙げて、礼の小太りの男が彼らを黙らせる。周りが静まった後に、セリーヌらに一礼をする。
「手前はリオーネ行政委員会委員長、ジェイコブ・オコネルと申します。リオーネにお越しになっているとは存じませんでした。行政委員一同、心より歓待申し上げます」
アグネスとジルドは顔を見合わせた。
敵の前に総大将を見せる馬鹿はいない。
やはりサンチェスの独走か。彼らは行政委員とは違う。生まれも育ちもリオーネではなく、委員会と別個に行動するサンチェス家は、志はともかく存在としてはリオーネのつまはじき物である。
だが、そのつまはじき物にアイザックは同調したというのか。
二人の疑問に満ちた視線に、セリーヌもまた頷き、彼らに探りを入れる。
「これは異な事を申される。昨夜、リオーネに入る際に、アイザックと名乗る行政委員が歓待してくれたのだが」
その言葉に小太りの行政委員長は顔を上げた。
「アイザック、と申されましたか」
「そうだが、それが何か?」
「恐れながら」
セリーヌを見上げる垂れ気味の顔が困惑に歪んだ。
「アイザックという名の行政委員はこのリオーネにはおりませんが」
余りのことに、ジルドらはその言葉の意味を一瞬掴み損ねたが。
直後その意味を理解して愕然となった。
例えばアイザックが委員であるのであれば、事態を他の委員に一晩の間知られぬ根回しすることは難しくはない。だが、アイザックが全くの赤の他人であるとするならば。
市民軍兵舎には常時市民軍兵士が就寝している。リューン兵の一軍がそこに来たとなれば市民軍を管轄する行政委員会がそれに気づかぬはずはないのだ。
では、リューン兵は何処に行ってしまったのか。
それは、覚悟していたことではあったけれども。しかし。
リューンの兵らは圧倒的な敵に囲まれた上で敗れたのではない。
謀略や奇襲によって一人一人屠られたのでもない。
消されたのだ。
数百の軍勢を誰にも気づかれることなく一瞬の内に葬り去れる、類稀なる何者かの手によって。
おそらくは姫と別れた直後に。
「我らの兵は、どこか?」
セリーヌは低い声で、尋ねた。
答える者のいないその呟きを聞きとめて、委員長は顔を顰めた。
「仰っている意味が分かりませんが」
「…市民軍兵舎に案内してもらおう」