大陸魔戦記 61
(……これは、意外と深いな)
二人の後に続いてホテルを後にしながら、ジルドは密かに息をついた。それには訳がある。
彼が持つ数多の異名の中に、こんなものがある。
紳士たる剣豪。
これは主に、女性から呼ばれている名だ。このような名がついたゆえんは、彼の行いにある。
強引に操を奪われ傷付いた少女達に、彼は安らぎを与えている。強姦した者を払うだけでなく、言葉を尽くし、少女達の味わった恐怖を受け止め、そして和らげて。そしてその少女が落ち着きを取り戻すと、どこかへ去っていく。
簡単そうに思えるが、実際にやるとなるとかなりの能力が問われる。無理矢理に犯された少女の傷は深く、中にはその時点で男に不信感を抱く者もいる。そうして頑なになった心を溶かすのは、容易ではない。
しかしジルドは、傷付いた少女達の心を癒し、傷を和らげている。それはひとえに、彼が人の心情を読みとるのに優れているからである。
故に、ジルドはセリーヌの心情が手にとるようにわかってしまった。
明るく振舞えば振舞うほど。
歳相応の乙女の表情を浮かべようとも。
むしろその痛ましいまでの明るさに、ジルドは分かってしまう。
姫は、しかし不安なのだ。
故国は滅亡の際に接し、父王はすでにない。
姫を慕う兵たちは、彼女を興国の希望と信じて疑いもなく命を散らせて行く。
そして、今回の騒ぎ。
いっそ全てを諦めてしまった方がどんなに楽か。
しかし、それはできぬ。死んでもできぬ。
決して不安を表に出してはならない――
それこそが兵を率い、国を統べる者として当然の責務であったから。
並の者では到底耐えられぬ重責を、この心優しき乙女が背負っている。
だからこそ。
王族とは思えぬ心優しき性を持つがゆえに。
姫は明るく振舞うのだ。
身の芯が折れぬよう、弱音を吐かぬように。
ともすれば悲鳴をあげる身体と心に鞭を打って、姫は歳相応に微笑むのだ。
ジルドは姫の背を見る。
こんな細い背中で、彼女はその責を果たそうとしている。
「ジルド殿…いや、ジルド。急いだほうがいい」
そんなジルドを咎めるように、アグネスがジルドに駆け寄る。
そして、耳元に口を寄せた。
「侮るなよ。ああ見えて強くあられる」
ジルドはアグネスを見た。
アグネスは、いつもの通り、毅然とした表情を浮かべている。されど。
その顔はわずかに微笑みとも悲しみとも取れぬ僅かな色が含まれていた。
「…知っているさ」
姫に気づかれぬように、二人は目線を交わして頷いた。