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大陸魔戦記
官能リレー小説 - ファンタジー系

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大陸魔戦記 59




「…姫は嫌。名前で、呼んでくれ」


瞬間、アグネスが凍り付いた。
亡きリューン王やアグネス自身が厳選に厳選を重ねた見合い相手を「気に入らぬ」の一言で切り捨てる。好みを聞いても「そんな事に興味などない」と即答してしまう。そんなセリーヌが―――

(…『名前で呼んでくれ』…だと…?)
どこの者とも知れぬ輩に心を許し、好意を露わにするとは。アグネスにとっては、あまりにも信じがたいことだった。
確かに部屋の中でのジルドへのからかいの時点ですでに、度の過ぎているような節はあった。
しかしそれは、あくまでもジルドがからかいがいのある反応を見せたためなのだと、無意識のうちに勝手な解釈をして納得していた。
だが、今の言葉に込められた想いと、先程の微笑みを微塵も感じさせない程の憂いに満ちた表情を見る限りでは、明らかにジルドを信頼し、頼っている。
「「…一体、何故?」」
思わずこぼれた言葉が、ジルドのそれと重なる。はっとなって互いに顔を見合わせると、お互いに困惑の色がはっきりと出てしまっている。しかしセリーヌはジルドの胸板に寄り添うようにしているため、全く気付かない。
困り果てたジルドは、目でアグネスに助けを求める。それに気付き、アグネスはこくりと頷く。どうやら彼女も、何とかしなければと思っていたらしい。
「…姫、ジルド殿がお困りです」
「…嫌だ。ジルドが名前で呼ばぬ限り、このままでいる」
どうやらてこでも使わない限り動かないらしい。主のあまりの変容ぶりに閉口しながらも、アグネスは首を振る。それを「不可能」の意味にとったジルドは、自分に抱きついたままの姫君を見下ろした。
顔をジルドの胸に押し付けているためにその表情を伺う事はできないが、少なくとも本心から言っている事だけはわかる。
ジルドは、密かにため息をついた。


「わかった……セリーヌ」


途端に、セリーヌが顔を上げる。その目は爛々と輝き、笑みを浮かべた顔は嬉しさのあまり微かに上気している。
ジルドは恥ずかしさに顔を赤らめながらも、その目をまっすぐに見つめた。
「…こほん」
わざとらしい咳払いに、ジルドははっと我に返る。同時に、何か既視感のようなものを感じ、顔をあげる。
すると、冷ややかに自分を見つめるアグネスと視線がぶつかる。
「セリーヌ…悪いが、そろそろ離れてくれ…」
苦笑気味に言いながら、セリーヌの肩に手を置くジルド。しかし彼女は抱きついたまま、顔をアグネスの方に向ける。
「…姫」
一向に離れようとしないセリーヌの様子にアグネスは、つい無遠慮に睨んでしまう。
本来ならば、「無礼な」と言われてしまうような所なのだが―――



アグネスは気づいてしまった。
自分を見るセリーヌの顔が、いたずらっぽい笑みを浮かべたことに。

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