大陸魔戦記 33
「…申し訳ありません」
「いや、別にかまわぬ」
「して、アグネス殿は?」
「彼女は、湯に漬かっておる」
とりとめもない短い問答の後。
話す事が互いに見つからぬのか、二人の間に、小さな無言の時間が流れる。
その沈黙に耐えられぬように、セリーヌが小さくたずねる。
「………のか?」
「はっ?」
「だからだな…殿方というものは、その」
自分でも抵抗があるのだろう、僅かに躊躇しながらも、姫は頭に浮かんだ疑問を口にする。
「それほどまでに…女を、意識してしまうものなのか?」
「は…」
余りの問いに、ジルドは一瞬呆けたような声を出したが
「め、滅相もありません」
と、泡を吹いてかしこまった。
「ならば、先ほどのあの慌てようは何と申し開きする?」
「そ、それは」
ジルドは声に詰まってしまう。
いかな男であれ、異性の裸体を見て無反応を装う事は困難である。さらに、その裸体が、珠玉の美しさを咲き誇るのであれば、尚更の事。されど、そんな悩ましき男の性など露知らぬ姫は、剣士を攻め立てるように言い募る。
「…確かに、かつての王宮の日々を思い起こせば、新参の侍従たちの中に、卿の如き反応を返した者もおった。されど、それにしても卿のそれは度を越しておる」
それら侍従の反応は、彼らがそれなりの研修を積んであるが故に”控えめ”で済んでいるのだが、無論姫が知るよしも無い。されどそのような事情など知らぬのはジルドとて同じ事。
「…そう、なのですか?」
思わず、そう問い返してしまう。
確かに、ジルドの対応は気弱なものであったが。
それでも世間一般の男どもとて、同じような反応を返すと言える。
「そうだ」
されど、セリーヌは厳かに断定した挙句、あまつさえこんな事を言い出す。
「もしや、卿は熱でもあるのではないか?」
「いえ、そんなことは」
姫の心配そうに覗き込む瞳に、ジルドは心動かされながらも慌てて否定するが。
「動くでない」
そう言うな否や、姫はかしづくジルドに身を寄せ、自らの額をジルドの額に合わせてしまう。
「!」
はっと身を退かして額を離すのジルドであったが。
「二度も言わせるではない。熱が測れぬではないか」 その様子にセリーヌは焦れるようにそう言うと、再び額を押しつける。
こつん。
ジルドは、今度こそ動けない。否、動かなかったというべきか。
額から伝わる、姫の温もり。
髪を掻き分ける、雪肌の手の優しさ。
鼻にかかる僅かな吐息は、艶やかに光る唇から生まれ出でた物。
この美姫を独り占めにしているかとの錯覚に、ジルドは、僅か、ほんの僅かではあったが酔いしれる――