大陸魔戦記 4
いや。味方に対しても非情な事で知られるオークならば、あるいは。
向こうは数で圧倒的な優位を見せており、多少減ったぐらいでは痛くも痒くもない。むしろ多少の味方を犠牲にして、手の付けられないこちらの軍勢を相打ちにできるのであれば。
まずい――
「退け! 態勢を立て直せ!」
だが、遅かった。
ゴブリンの石弓から放たれた無数の矢が空を切り、こちらに向けて降ってくる。
いかに練達した兵と言えども、乱戦の最中に上への注意を払えるはずもなく。
無情にも矢が、突き刺さる。悲鳴とともに精鋭たちが崩れ落ちる。無論、前衛のオークたちとて例外ではなく、あちらこちらで無様に悲鳴を上げている。
だが、ゴブリンの弓兵隊の隊列が割れ、その後方より、新たにオークの一団が向かってくるのが見える。
もはや、これまでか。ならば――
一兵でも多く道連れにしてやろう。
「我こそはアグネス・フォン・シュバルツなり! 手柄が欲しい者はかかってくるが良い!」
アグネスがそう声高に叫んだ刹那。
「せいやぁっ!」
迫り来るオークの隊列に、突如として裂け目ができる。数多のオークが宙を舞い、そして同族の上へと落ちていく。
裂け目の先にいたのは、先程丘で帝都が燃えるさまを見ていた一人の男。特徴的な形状の刃を持つ巨剣を持ちながら、鎧らしいものは一つも身につけてはいない。
身にまとった旅装束は真新しいが、外套は所々擦り切れてぼろぼろになっている。
振り下ろした巨剣を軽々と持ち上げ、両腕で構える。その時すでに、オーク達は突然現れた人間に対して敵意を剥き出しにしている。
オークたちは本能的に悟ったのだ。この男を殺さなければ、己らの明日がない事に。
切羽詰ったような雄たけびをあげ、オークたちが、次々に男に襲い掛かる。
同時に、オークの小頭の奇声を合図にしてゴブリンたちが弓を放つ。無数の矢が、ただ一人の男を目指して空を切る。
いかな剣の使い手であろうと、敵と剣を交えつつ、矢を防ぐのは至難の技である。あれほどの巨大な剣ともなれば尚更の事。
先ほど自分たちに降りかかった事態が何倍にも濃縮されて再現されつつある。余りのことに、兵士たちから、嗚呼、と悲鳴が漏れる。