大陸魔戦記 25
城壁に張り付いていたリオーネの不寝番がリューンの王旗を認めたのだろう、その腰から角笛を取り出し、高らかに鳴らす。
それを合図に開いた市中の門より、おそらくは市民兵かと思われる小隊が、皇女たちを迎え入れるかのように近づいてくる。
その手際のよさは、流石にリューン第一の商業都市。伊達に帝國から自治を勝ち取っている訳ではないことが分かるほどの練達ぶりであった。
いずれにせよ。
リオーネの友好的な態度に、揮下の兵らは安堵の息をもらすが。
その手際のよさ、迷いの無さに、心ある者は、はてと、いぶかしんだ。
帝國領地内に無数に存在する自治都市群は、表向きこそ帝國に忠誠を誓っているが、国内の統一を目指す帝國と、あくまで自治を貫こうとする都市とが一枚岩になる道理はない。
皇帝が一部の商人を優遇して彼らの連帯を崩そうと図れば、彼らはギルドの金をばらまいてその臣下の分裂を誘い、武力をもって都市を服従させんとすれば、他国と密謀してその領土を脅かす。
陰謀という言葉が生ぬるく響くほどに、自治都市の面々は、帝國と水面下で熾烈な争いを続けてきたのである。
もっとも、現皇帝―今はもう亡きセリーヌの父―の融和政策によってその関係も次第に改善しつつあったが、リオーネはそれに最も頑迷にあがらう抵抗派の最大拠点であったはず。
ゆえに、ジルドやアグネスだけではない。兵士たちですら、リオーネが帝都に程近い要害都市であると知りながら、そこへ退避することに一抹の不安を禁じえなかったのだけども。
それが、この手際の良さ、と来た。
嫌でも、もしや計略のひとつでもあるのではないか、と考えさせられてしまう。
しかし人というのは、傷付いた身をいたわれてもらえれば、多少の警戒なら解けてしまうもの。その結果、兵達はつい安堵の笑みを浮かべてしまう。
無論、例外もいるにはいた。一団の中で唯一傷らしい傷を負わなかったジルドである。しかし、彼からしてみれば。
(…無闇に疑っても、反感を買うだけ。こちらに危害が加わらない限り、多少の打算ぐらいは認めておこう…)
ここは事なかれに落ち着くのが得策、と考えている。