大陸魔戦記 135
「あの目は、絶大な力を手に入れた者だけが持つ自信と、自分の身を捨ててでも成し遂げようとする強い覚悟と、金や欲では揺るがないような確固たる決意を持っている目だ。私は今まで、それらを併せ持った者を見た事がない」
そこまで言い切ったライフォンは、レグスの肩から手を離した。しかし、視線はそのまま、彼を射抜く。
「…おそらく、商人やチンピラごときが相手にする相手ではない。下手に絡めば、命の危機すらあるだろう。だから…あやつに関わるな」
そして、だめ押しとばかりに言葉を続けた。
――部屋に戻るなり、ジルドは張りつめていた何かを急にゆるめ、大きなため息をついた。
先程の領主館での憤然とした態度を見ているセリーヌとアグネスは、そのため息に眉をひそめる。
「…どうした、ジルド?」
先んじて、セリーヌが問いかける。それに対し彼は、背負っていた剣を壁に立て掛けながら首を振った。
「…少し、気分的に疲れただけだ」
「それだけには見えぬ」
「…本当だ。ああいう事をするのは…気持ちの話として、かなり疲れる」
ジルドは防寒用の外套を外しながら、ソファに腰掛ける。
「…元来、ああいった脅しは好きではない。もちろん、必要とあれば辞さないが……できることなら、やらずに済ませたい」
そして、昨日からそのままになっていたグラスを手に取り、またため息をついた。それを見ているセリーヌとアグネスは、互いに顔を見合わせ、なおもジルドの様子をうかがう。
「…風邪をひかないうちに、もう一度湯に浸かってきたらどうだ?」
もっとも、彼女らに背を向けている彼は、二人の様子に気付くはずがない。グラスに酒瓶の残りを注ぎ、後ろの二人に向かって湯浴みを勧める。
その勧めに、二人は再び互いを見やる。
「…俺は君達の後に入る」
しかし見合わせた顔は、更に続けられたジルドの言葉によって、明確な意志を携えたものに変わった。アグネスがちらりとジルドの背に視線を向け、セリーヌが黙して頷く。その後、セリーヌはジルドの背後に立ち――
「……酒は、湯浴みの後にせよ。いらぬ酔いを誘う」
彼の手から、グラスを取り上げた。ジルドは一瞬、呆けたように自分の手を見つめ、すぐに振り返る。
すると、セリーヌは自身の顔をずいと近づけ、眉間に皺を寄せる。
「我らは卿の後にゆっくり浸かる。でなければ卿は我らの湯浴みの最中、飲んでしまうだろうからな」
その言葉に、顔を寄せられて僅かにたじろいでいたジルドが、心外そうに口を開いた。
「…飲みはしない」
「いや、飲むでしょう」
しかし、一言の反論はアグネスによって一蹴された。
「それは非常に困ります。先程レグス達による襲撃があったばかりで、幾分かの不安が残っているというのに、私達を守ってくれるはずのジルドがもし酔ってまともに戦えなかったらと思うと…安心などできません」