大陸魔戦記 133
「……解けろ」
まずは剣を下ろし、一言。それだけで、拘束されていたレグス達は解放され、大広間に転げ落ちる。そして、彼らの周りに音が戻る。
うめき声。
悪態。
呼吸。
その中、特に際立った声を上げたのが一人。
「…てんめぇっ…!」
――無論、レグスである。だがそれは、彼自身に突きつけられたジルドの剣と、静かな怒気を帯びたジルドの目が、無理やり封じ込める。
「…そして」
レグスが黙ったのを確認したジルドは、視線を再びライフォンへ向けた。
「…俺はこいつに、『今回はただの観光客でいるつもりだ』と言った。だがこいつは、わざわざ夜分に再び宿まで出向いてきた。その事について……こいつの父親である貴方に、二度目の裁定を」
ジルドは言い切り、剣を下ろした。安堵するレグスではあるが、ため息すら漏らさない。
おそらく、下手な事をすれば大変な事になるとでも思っているのだろう。
だが、その様子を見ているのは誰一人としていない。
皆が見ているのは、ただ一点。
「……」
「……」
――視線を向け合う、ジルドとライフォンである。
ジルドは、次第にゆっくりと怒気を強め、ライフォンを睨みつける。
ライフォンは、玉の汗をどんどん増やしながらも、平静を保った表情でジルドの視線を受け止める。
そのまま、数拍。それぞれの息遣いしか聞こえない、息苦しい間が続く。
「……裁定、ですか」
――沈黙を破ったのは、ライフォンの一言。彼は一拍置いて、言葉を続ける。
「…ネリアス殿。一度目の裁定は、何でしたかな」
それは、疑問というより確認。もしくは前置き。
口調は穏やかに、しかし明瞭な声で。
対するジルドは。
「…レグス自身の謝罪。そして貴方からは、幾ばくかの金をもらった」
淡々と、裁定とそれに伴う事柄を述べる。
だが、言葉は更にその先へと続く。
「少なくとも、今回はそれだけでは納得しない。何せ、こちらには…」
振り返り、固唾をのんで見守っていたセリーヌとアグネスを一瞬見る。その後、またライフォンに目を戻す。
「…連れがいる。無関係な彼女らを巻き込んだ罪と俺の怒りは、生半可なものではない」
「…!」
刹那、ライフォンが目を大きく見開く。そして、ジルドの方を見ていたレグスは、「ひっ!」と情けない悲鳴をこぼす。
それらの変化に、ジルドの背中を眺めていたセリーヌとアグネスは、互いに顔を見合わせた。
「……」
「……」
数拍を置いて、沈黙のまま頷く。
どうやら、ジルドは相当怒っているようだ――と、視線で確かめ合いながら。
「…全ては言わない。だが……俺が言いたい事、言われずとも…察してくれるな?」
そんな二人の推測を、ジルドは脅しに近い口調を以て、知らぬうちに肯定する。