大陸魔戦記 132
何故――とは言わない。
それが愚問である事を、彼女達はわかっているから。
「……」
それを察したかは知らないが、ジルドは剣を振り上げる。するとその動作に従ったのか、拘束されたレグス達が高く浮かび、三人の頭上を飛び越えてジルドの前に降りたった。
そして、一拍の後――
「…行け」
ジルドが剣を前に振り下ろした。同時にレグス達が物凄い勢いで吹っ飛び、鍵ぐらいかかっているであろう鉄門と館の扉をぶち破り、その先に広がっていた館の大広間へと転がり込んだ。
「…なんとまぁ…」
「…大胆な…」
セリーヌとアグネスはその大胆かつ迷惑な行動に、ただただ呆気にとられる。
と、ジルドが振り向いた。
「二人とも、離れるな」
言いながら、堂々とした態度で、次々と灯りが点いていく領主館へと進む。
そのさまにも、二人は呆気にとられた。だが、ジルドが再度振り向くと、慌てて彼を追う。
そして、強引に開け放たれた扉をくぐり、三人が館の大広間へと足を踏み入れた瞬間――
「なっ、何事かっ!」
「野党でも入ったのっ?」
――館の住人、そして『主』が姿を現した。
彼らは扉が開いた時に出た爆音に大層驚いたらしく、寝間着姿やら下着姿やら、更には何をやらかしていたのかほぼ全裸だったりと、まさに恐慌状態。泡を食ったような顔で、立場の上下など関係なしにわらわらと湧いてくる。
「…ライフォン・トリアグネ」
――だがジルドは、その混乱をたった一言で鎮めた。
静かに煮えたぎる怒りと凍るような冷たさを同居させた低い声による、ただ一言で。
「…話がある」
そして、先程と全く同じ調子で続けられた言葉は、彼ら全員を震え上がらせた。
――無論、恐怖で。
だがジルドは、そんな事には構わない。固まってしまった領主館の住人達をぐるりと見回し、ある一点に目を向けた。
「…ひと月ぶりになるか」
すると、その言葉に反応して、一人の恰幅のいい男性が住人の一団から離れ、姿を晒した。
――リオーネ領主、ライフォン・トリアグネである。
「…このような時間に、今度は一体何用ですかな…?」
彼は額に玉の汗を浮かべながらも、いたって普通の口調でジルドと相対する。
それに対し、ジルドは幾分か怒気を弱める。
「…まずは、謝罪。一度ならず二度までも、安眠すべきはずの夜分に出向いた事を」
言葉とともに、天に切っ先を向けた剣の平をライフォンに向け、一礼。
おそらく、彼なりの謝罪を示す動作なのだろう。
(……ん?)
と、アグネスは違和感を感じた。
(…あの礼…リューンの…)
だが、すぐにかぶりを振る。そして、頭に浮かび上がった考えを振り払う。
(…まさか。単なる偶然だろう…)
――もっとも、彼女に背を向けているジルドは気付くはずがない。彼は礼を終えると、身に再び怒気を帯びた。