大陸魔戦記 131
対してジルドは、彼女の威圧的な態度に押され、冷や汗を流しながら慌てふためくばかり。
「…どうした?言えんのか?」
「いや、そういうわけじゃない…」
「ならば早く言うてみよ。…それとも、実は何も考えてなかった、などと言うつもりではなかろうな?」
「か、考えてないはずがないだろうっ。俺は、単に…」
――と。
「ジルド。それにセリーヌ。痴話喧嘩は、後ろの邪魔者達を引き渡してからの方がいいのではないでしょうか?」
ジルドの隣で黙ってそのやりとりを聞いていたアグネスが、二人のやり取りに割って入った。
彼女は、場所と状況を考えろ、と言わんばかりの冷たい視線を二人に等分に送り、それからジルドの後ろで浮く襲撃者達を顎でしゃくった。
「今は痴話喧嘩よりも先に、連中を然るべき所に引き渡すべきです。ジルドもセリーヌも、その事を忘れてませんか?」
幾分かきつい口調。その言葉に、ジルドははっとなる。少々情けなさの交じっていた表情を改めると、「すまん」という一言だけを言った。
「…確かにそうではあるが…だがアグネスっ」
しかしセリーヌは、まだ言い止む気配がない。どうやら言い足りないらしい。
「この際、はっきりと」「場所と状況を考えてください」
続けようとした言葉は、すかさずアグネスに遮られた。そしてセリーヌは、彼女によってジルドの脇に引っ張られていく。
「…いいですか、セリーヌ」
セリーヌを自らの脇に無理やり引き戻してから、アグネスはその耳元に口を寄せ、何事かを囁いた。ジルドはその囁きにさり気なく耳を傾ける。
しかし、余程小さな声なのか、言葉を聞き取るができない。黙って聞いているセリーヌの様子からして、彼女を諭すような内容なのだろうが――
――ジルドは、何故か気になる。
明確な理由はない。ただ漠然と気になるのだ。それに、アグネスがセリーヌを諭しているとするならば、どうしてセリーヌは黙って聞いているのか。何かしらの反論ぐらいはありそうなのに。
(…嫌な予感がする)
聞き取れそうにない二人の囁きから注意を離し、ジルドは内心密かに冷や汗をかいた。
(…あのフルコースだけでは、足りなかったかもしれんな)
そんな事を考えているうちにジルドは、目的地――トルピア領主館に着いた事に気付く。
「…二人とも、話は一旦終わりだ」
そこで彼は、正面玄関の前へとどんどん進みながら、後ろでひそひそと話をしている二人に声を投げかけた。
「ここでは俺が話をするだけで充分だ。二人は絶対に一言も言わないでくれ」
その指示に、二人は首を傾げた。そして、互いに顔を見合わせてから、ジルドの背に目を向ける。