大陸魔戦記 128
直後、脱衣所と部屋とを繋ぐ、開け放たれた扉をくぐって声の主――ジルドが、ばつの悪そうな面持ちで、愛剣を握りしめた姿を見せた。
「…やはりうまくはいかないものだな」
しかしアグネスのきつい視線やセリーヌの不安げな目が気にならないのか、彼は剣を持ったまま二人の間をすり抜ける。
「すまんな、騒がせて」
そしてアグネスが倒したばかりの巨漢を掴むと、平然と引きずっていこうとする。
「待て」
――だが、アグネスがそれを許すはずがない。彼女は再びすり抜けようとしたジルドの肩を掴むと、こちらを向かせた。
「…説明しろ」
怒気を含んだ口調。低い声と鋭い視線をもって、アグネスはジルドを問い詰める。
しかしジルドは、掴んだ巨漢はそのままに、ちらちらと扉を見るばかり。
――彼女はそれを、ジルドがはぐらかそうとしている風にとった。
「あのような輩が来るとは何事だ。説明しろ」
そんな事はさせまいと、肩を掴んだ手に力を込め引き寄せる。そして語気を強め、更に強く問い詰める。
それでもジルドは口を閉ざしていた。
「黙っていないで、何か言っ……」
いよいよ業を煮やし、アグネスは怒鳴ろうとする。
しかしその口は、唐突に閉ざされてしまった。
「…ジルド?」
代わりにこぼれたのは、困惑のまじった呼びかけ。
――ジルドの様子が少しおかしい。アグネスはその事に気付いたのだ。
先程からジルドは、ばつが悪そうな顔でちらちらと扉に目をやるばかり。たまにこちらに目を向けるが、言葉に対してはまともな反応を示さない。
なんとなく、上の空でそわそわしている感じが見受けられる。
知る限りでは、そのようなジルドは見た事がない。
戦いの最中にある、威風堂々にして大胆不敵な態度や、自分達がからかう際の情けなく狼狽える姿ばかりが目立つ彼にしては、何か変だ。
「…ジルド?」
――試しに、名を呼んでみる。しかし返事がない。
やはりばつが悪そうに、ちらちらと扉を見るばかり。
「……」
――どうやら、ジルドの奇妙な態度の理由は扉の向こう側にあるらしい。
直感的に気付いたアグネスは、ジルドの肩に置いていた手を下ろした。
代わりに、その手を後ろに立つセリーヌの手に運ぶ。そしてしっかりと握ると。
「…こちらへ」
「な、何だ?」
さっと扉に向かう。
「…あ、ま、待てアグネスっ」
その時になってようやく、ジルドが声を上げる。しかしアグネスは、ジルドの声を無視して扉に向かう。
「待てっ、今そっちは」
再びジルドが、微かに震えた声でアグネスを引き止めようとする。
――だが、既に遅かった。
「……」
引き止められるよりも早く、扉の向こうを覗いたアグネスは、目を丸くする。