大陸魔戦記 125
気付くと同時に、内心苦笑してしまう。
たった一晩で、自分はどれだけ変わったのだ、と。
主君と従者の間柄にあるべき二人が、同じ男を好きになる。主をたぶらかす不届き者だと思っていた男に、主以上にかまって欲しい。自分をなおざりにして仲睦まじく話す主が、妬ましい。
――まるで、恋するただの女だ。
しかし、一度捨てて以来嫌っていたそれが、今はやけに嬉しい。
「…二人共、風呂には先に入ってくれ。俺はその後に入る」
そんな心情を知ってか知らずか、ソファに身を沈めながらジルドが二人に入浴を促す。
「今日は、きっと汗をかいただろうしな」
そう言う横顔は、微かに笑みを浮かべている。
その横顔を見てアグネスは、不意ににやけた。
「…どうした?何かおかしかったのか?」
たまたまそれを見たセリーヌは、不思議そうな顔を彼女に向ける。
しかし彼女は、やけににやついた表情を崩す事がない。それどころか、少しずつにやけ具合が増している気がする。
「…なんでもありません。それより、湯を先にもらっておきましょう」
言うと同時に、アグネスはセリーヌの手を引いて浴室へと向かう。
「えっ?あっ、待て、ちょっと」
「『今日も』ご一緒しましょう、セリーヌ。あなたとまた二人きりで話をしたい」
「また二人であそこに入るのか?それではゆっくりくつろげないだろうがっ」
二人のやりとりが遠ざかっていく。そして扉を閉める音とともに、そのやりとりすらも聞こえなくなった。
「…のぼせなければ、いいが…」
一人残されたジルドは、閉ざした口の中でもごもごと呟く。
(…しかし、アグネスの表情……)
一方、心の内では先程の笑みが、いやに気になっていた。
――微かに妖艶な雰囲気を醸し出していながら非常に子供っぽい、嬉しそうな笑顔。
それは何故か、何か企んでいる時のセリーヌの笑みと変に重なる。
(…類は友を呼ぶ、らしいしな)
ジルドの脳裏を、小さくも悪い予感がよぎった。
どうにも、アグネスがセリーヌと組んで、自分にちょっかいを出してきそうな気がしてならない。セリーヌだけでも厄介なのに、そこへ来てアグネスが加わるならば、はたして自分は――
「…ふぅ」
ため息が一つ、すとんと落ちていく。
直後、ジルドは片手を軸にして側転し、素早くソファの後ろに立つ。その勢いを保ったまま、部屋の隅に立てかけたばかりの愛剣をさっと握り締めると、彼は浴室への扉の前で仁王立ちとなった。
「……」
――その眼光は、鋭い。
「…憂鬱だ」
同時に、大層不機嫌そうである。
「あの二人のは親愛の証だから許せるが……貴様らは別だ。邪魔者でしかない」
誰もいない部屋の中で、彼は一人刺々しい口調で呟く。