大陸魔戦記 122
「…何だ?」
スプーンを止め、アグネスはどこか不機嫌そうな目でジルドを向く。
「…君も、ソースがついてる」
さっと伸びたジルドの指先がセリーヌの時と同じく、アグネスの口元についたソースを拭った。彼はそれを、やはり舐めとる。
そしてアグネスは、セリーヌと同様に顔が赤く染まる。こちらは頭から湯気が出そうだ。
揃って顔を真っ赤にする二人を、微笑ましそうに見ていたジルドだったが。
――空腹の音。
ジルドはごく自然な動作で、腹部をさする。
「…遅いな」
ぽつりと呟きながら、肩越しに厨房へ繋がる戸口を振り返る。
「最初から、遅くなるのは覚悟していたが…二人が半分以上食べきっても…とは、思いもしなかったな」
彼は向き直ると、一人苦笑した。しかし二人は、やはり顔を赤らめたまま。不覚にも高ぶってしまった気持ちを鎮めるのに必死で、相槌どころではない。
「……」
言葉が何も返ってこなかった事から、ジルドは軽く頭を押さえてしまった。
――と、そこへ。
「た、大変…お待たせ、いたしましたっ」
ふらふらとしながらもバランスをとり、ウエイトレスが料理を運んできた。見る限りでは、かなり重たそうなものを運んでいるらしい。
「とっ、特製スタミナフルコースで、ございますっ」
言いながら、運んできた料理をジルドの前に置く。
「「……」」
ふと我に返った、セリーヌとアグネス。だが二人は――
「ありがとう……さて、食べるとするか」
なんて事ない様子で食事を始めようとするジルドと、たった今置かれた料理とを交互に見、目をぱちくりさせた。
――無理もない。何せジルドの前に並べられた料理は、おおよそにして二人分の量。加えてその中身も、ずっしりとした密度の高いものばかり。少なくとも、「食べられるのか?」という疑問ぐらいは持ってしまう。
――しかしジルドは、顔色一つ変えず、普通にそれらを食べ始めた。それには流石に、二人とも固まってしまう。
「……あの剣を上手く扱うのは技能と体力が要るからな。食える時にはこうして食ってる」
口に運んだものを呑み込んでから、ジルドは二人に向かって呟いた。まるで、二人が固まった意図を察しているかのように。
「そ…そうか…」
半ば呆けてはいたが、アグネスは相槌を打つ。
「し、しかし…それにしては多い、気が…」
「戦いのためだけじゃなく、君達二人のためでもあるからな」
「…へ?」
その言葉に疑問を感じた彼女は、つい間の抜けた声を上げてしまう。
「…まさか、私達もそれを食べろと?」