大陸魔戦記 121
「…あれは日も落ちた時分、街の酒場だった。奴は自分の取り巻きに泥酔者のふりをさせ女に絡ませて、それを救いその女を口説いていた。」
「ふむ…見た目通りの下衆だな」
セリーヌは憎らしげに言った。ジルドを侮辱したのを根に持っているようだ。
「…それを俺は一部始終見ていたのだがな。まぁ、そこまでだったらそこらのチンピラだが、路地裏でぐずったその女を無理やり襲おうとしたので、それを止めたのだ。」
「…それで?」
グラタンを掬いながら、アグネスがジルドを促す。こちらはセリーヌと違い、あまり憎らしげな様子はない。
ジルドは肩をすくめながら、再び口を開く。
「…逆恨みしたらしく、取り巻きを引き連れて不意打ちをかけてきた。流石に頭に来たんでな……取り巻き共々返り討ちにして、ついでに縄でぐるぐる巻きにして領主の前に突き出してやった」
さも当たり前であるかのようにのたまってみせる。
アグネスはそれを聞きながらグラタンを呑み込むと、呆れた様子の目を見舞った。
「全く…それで、先程の虚勢か」
ジルドは黙って頷く。
「ついでに言えば、その一件でトルピア内に俺の顔が知れ渡ったらしい。どこに行っても、数人は気付くようになった」
「当然だろう。何せ、領主の息子を返り討ちにして突き出したのだからな」
そう言って鼻を鳴らすアグネス。それを横目に見ながら、セリーヌはふと呟いた。
「…しかし、そんな前科があるような町が本当に安全なのか?少し不安があるのだが…」
「その点は心配ない。ああやって釘も刺しておいたからな」
セリーヌの疑問に対しジルドは、やはりいつもの調子で答える。しかし、そこまで言った所で口をつぐむと――
「それに…仮に何かあっても、君達二人は守ってみせるさ」
知らぬ間にセリーヌの口元にこびりついていたソースを指で拭い、ぺろりと舐めとった。
はしたなくソースをつけていたという羞恥心のせいか、セリーヌの顔がぼふ、と赤く染まる。
その様子を横で見ていたアグネスは、何となく疎外感を感じてしまう。
しかしすぐに、そんな事を思ってしまった自分が情けなくなり、それを紛らわすかのように、目の前に置かれたグラタンに集中し始めた。
「…どうした?」
当然、その動作に隠れた気持ちをジルドは見逃さない。アグネスに目を向け、問いかけてくる。
「なんでもないっ。グラタンが冷めると思っただけだっ」
しかしアグネスは素直になれず、半ばがっつくようにグラタンを口を運んでいく。その様子を、ジルドは含みのある笑みを浮かべて見ていたのだが。
「…待った」