大陸魔戦記 117
そして、セリーヌも。
ジルドに向けられる視線など気にしていないのか、笑みを浮かべながら話す。油断しているのか、その口調は普段話しているものだ。
それに気付いたアグネスは、密かに彼女に注意を促そうとするが。
「…そういうのは、買う前にしてくれ。アグネスも、そう思うだろ?」
不意に、ジルドが話を振ってくる。思わずそちらに目を向けると、苦笑しながら肩を竦める彼と目が合った。
「…ま、まあ、そうだな」
適当に、相槌を打つ。
同時に、叱責のタイミングを潰され、つい睨みつけてしまう。
しかしジルドはすぐにセリーヌの方を向き、気づいた様子はない。
「…アグネスも賛成みたいだ。だから、我が儘をとりあってはやれないぞ」
「冗談だと言うておるに…」
セリーヌは軽く頬を膨らませ、少し俯く。
――すると。
その間に、ジルドはアグネスの方に目を向けた。少しの間だが彼を睨みつけていた彼女は、ばっちりと目が合ってしまう。期せずして正面から睨む格好となったアグネスは、慌てて表情を取り繕った。
しかし彼は、別に気にした様子もない。
「…ほら、そんなにへそを曲げないで下さい、セリーヌ。ジルドが困っているじゃないですか」
内心ほっとしつつ、更にアグネスは誤魔化すかのように、軽くふてくされるセリーヌを宥める。
――そのやり取りだけを見れば、頼りになりそうな青年と、彼に恋をする二人の女友達、というように見えなくもないのだが。
「…頼むからそんなにへそを曲げないでくれ…罪悪感が余計に……」
――言いかけた所で。
不意にジルドの視線が、二人とは無関係な方角に向けられた。
それに気づいた二人も、つられてそちらに目を向ける。
――が、向けられた視線の先は、人でごった返す大通り。特に変わった様子もない。
「……」
しかしジルドは、些か不機嫌そうな顔でそちらを見続ける。
「…どうした、ジルド?」
その様子に、何かあるのでは――という不安にかられたアグネスが、彼に呼びかける。噴水の縁に腰掛けるセリーヌも、言葉には出さないまでも心配そうだ。
「……」
アグネスの呼びかけに気づいたジルドは、黙って二人に顔を向ける。
それから、数瞬の後――
「…この町が好きでない理由の一つが、お出ましだ」
呟くと、先程まで見ていた方を顎でしゃくる。その動作に二人は、大通りに再び目を向けた。
人でごった返していたはずの大通りが、急にひらけていく。人々が慌ただしく、通りの脇に退いたのだ。
そして、人が退いた後の道を、取り巻きらしき男女を引き連れて悠々と歩く男が、一人。
「…誰だ?」
目を凝らしその人物を見たアグネスだが、その人物には覚えがないらしく、首を傾げる。