大陸魔戦記 112
「いや、そういう無責任な事はしないっ。俺はただ」「言い訳ばかりの口は黙っておれ」
必死に弁解しようとしたジルドだったが、その弁解は、不意に唇に押し当てられたセリーヌの指によって、遮られてしまった。
「言うておくがな…我ら二人は、嫌がってなどいない。第一、誘ったのは我らだから、嫌がる理由など存在感しない」
強い口調で続けるセリーヌ。今度はジルドも、ただ聞くばかりだ。
「それに我は、前に言うた。『もうジルドなしでは生きていけぬ』と。だから、そんな事で謝らないでくれ」
なんとなく繋がっていないような気もするが、セリーヌの言いたい事を、ジルドは大体察した。
――しかし。
「…セリーヌが嫌がっていないのはわかった。しかし…アグネスはどうなんだ?」
遠慮がちに、彼はアグネスの方を向く。
自分が好きだと公言しているセリーヌが嫌がっていないのはわかった。しかし、肉体関係が先行する形となったアグネスはどうなのだろう――彼の中では、そんな疑問が浮かんでいたのだ。
「君はセリーヌとは違う。ある意味、成り行きで肌を合わせたに等しい。嫌悪とかは…なかったのか?」
――多少の申し訳なさを含んだ、若干躊躇い気味の問いかけ。
それに対しアグネスは、肩をすくめる。それから、黙ってジルドの胸倉を引っ張ると――
キス。
先程のセリーヌと同じ、唇を重ねるだけ。
それも数瞬の事で、アグネスは頬を赤らめながら手を離した。
「…一度きり、のつもりだったがな」
照れ隠しなのか、アグネスは口を尖らせ、そっぽを向く。
「…お前に…心まで奪われた。セリーヌと同じく、ジルドなしでは生きていけなくなってしまった」
拗ねたような口調と言葉。そして昨日まではぎこちなかった、「セリーヌ」という名。
ジルドは悟った。
アグネスが淀みなく「セリーヌ」と言えるようになったのはおそらく、二人が何か一点において対等の関係が築かれたから。そして、関係が築かれるに値する事柄として、現状当てはまりそうなのは――
――自分の存在。
つまり、アグネスもジルドを好きになってしまった、という事。
淀みなく「セリーヌ」と言えるようになったのは、そういう事なのだ――ジルドはそう悟ったのだ。
――しかし、わかったからこそ、ジルドは問うてしまう。
「…後悔は、しないのか?」
ジルドとしてはやはり、互いをよく知らないうちから関係を持って、後になって後悔して欲しくはない。
自身の性格などに自信がないわけではないが、相性が合わないと話にならないというのを、彼はよく知っているのだ。
「もしかしたら、相容れない存在かもしれないぞ?」
言いながら、自分に寄り添うセリーヌにも目を向ける。
「セリーヌ、君もそうだが…本当にいいのか?」