大陸魔戦記 111
(……)
辺りの大気が、渦巻く。
彼方の雲が、うねる。
微かに、そしてゆっくりと。
「……っ!」
力を込めて、剣を振り下ろす。
うねりが四散する。
「……ふぅ」
息をつき、ジルドは剣を床に降ろした。
(…彼女らが望んだからしたくせに…俺は何を狼狽えている)
今度はため息。
彼は、苛立たしそうに額を押さえる。
(自分で散々鳴かせたのに…俺が狼狽えてどうする…)
――と。
「…ジルド」
ふと、自らを呼ぶ声。
そして、狼狽えていた時には感じ得なかった、二つの気配。
気が落ち着いた証拠だ――心の中でひとりごちながら、ジルドは口を開く。
「…あがったのか」
あえて、振り向かない。
今はなんとなく、セリーヌとアグネスを直視しづらかった。
「…昨日は済まなかった。君達に求められたとは言え、あんなひとりよがりで息つく隙も与えないような、獣じみた行為を…」
こういう時に限って、何を言えばいいのかわからない。気がつくと彼は、後ろの二人に向かって、謝罪の言葉を口にしていた。
「……」
しかし、セリーヌは何も答えない。その隣にいるであろうアグネスも、だ。
「…セリーヌ?」
返事がない事を訝しく思い、ジルドはおそるおそる振り返ると――
目の前に、笑みを浮かべたセリーヌの顔があった。
いつの間に――と思うより前に、彼女の柔らかい唇が自身のそれに押しつけられる。
舌は入ってこない。触れ合うだけの簡単なキス。
それでも二人が離れた時、ジルドは赤面していた。
「…本当に変な奴だ」
セリーヌの背後から、からかうような響きをもった声。そちらに目を向けると、そこにはやはりアグネスの姿。
「あれだけ激しいまぐわいを嬉々として行ったくせに、朝になったら謝り通すわ軽いキスでも赤面するわで、まるで人が違う。本当に変な奴だな」
散々な言われようであるが、二人がバスローブ姿である事に気づいたジルドは、反論どころではない。益々顔を真っ赤に染め、泡をくったような表情で視線をそらす。
「…いや…その、本当に済まない」
「もう…卿は謝ってばかりだ」
今度は目の前のセリーヌが口を開いた。発せられた言葉には、不満げな響きが含まれている。
「言っておくが、我ら二人はそもそも怒ってなどいない。それなのに謝られても、困ってしまう」
「そ、そうか…」
目をそらして気持ちを落ち着けた事が仇になったのか、セリーヌの言葉にジルドは怯んでしまう。
更に、少し距離を置いていたアグネスも歩み寄ってきて、二人はジルドを言葉で責めたてる。
「むしろ謝られると、昨日の事をなかった事にしたいようにも見えるぞ」
「そうじゃ。ジルド自身にはそんなつもりなどなくても、そう見えてしまう」