大陸魔戦記 110
声をかけようと近づいてみると、何やらぶつぶつと呟いている。何を呟いているのか気になり、彼女は耳を澄ませてみた。
「……夢に出るまでするつもりなどなかったのに…」
――どうやら、彼の中では強い後悔の念が渦巻いているようだ。
その沈みようは、この者が本当に、オークの軍勢を相手に無傷で立ち回り、一方で自分や自分の主君を激しくも優しく抱きしめてくれた、あのジルド・ネリアスなのか、と疑ってしまう程。
まるで、演者のようだ――そんな風に思い、アグネスは密かに笑ってしまう。
と、同時に。
その様子があまりにも滑稽で、彼女の心にちょっとした悪戯心が芽生える。
(……閃いた)
一人頷いたアグネスは、未だ立ち直らないジルドを放って、セリーヌが横たわる寝台に向かった。
(…これは、どう考えてもまずい…)
ジルドは頭を抱え、ただひたすらに無心に還り、落ち着きを取り戻そうとする。
――しかし、悲しいかな。数え切れない程の女性の心を癒し救ってきたジルドも、やはり男。昨日の情交――アグネスやセリーヌの痴態、そして自身の振舞いが、頭から離れない。
――息すら詰まってしまう口づけをされるセリーヌの、柔らかい唇。
――激しく膣内を突かれ悶えるアグネスの、淫猥な表情。
互いの豊かな胸でジルドの男根を包み、激しく擦りたてる二人。
性感帯を散々いじくり回され、快楽に身を振るわせる二人。
二人分の喘ぎが脳裏に焼き付き、弄った二人の肌の感触は手に残ったまま。
(…これではあまりにも情けない…)
昨晩の記憶は、全く薄れる気配がない。それどころか、更に現実感を伴い始める。
耳にかかる吐息の温かさ。
背に押しつけられる胸の柔らかさ。
更には、股間から体中に広がる痺れるような――
(…ん?)
――ふと、違和感。記憶から引き出されたものにしては、やけに生々しい。
ジルドはいやな予感を感じながら、両手を後ろにやった。
「ひゃ…っ」
「んぁ…っ」
左右で異なる驚きの声が、耳にかかる。
その声は、ジルドの顔を引きつらせるには充分過ぎた。
「…どわぁぁぁっ!!」
部屋に、間の抜けた悲鳴が響きわたった。
――それから数分。
ジルドは一人、ベランダに佇んでいた。
右腕に握られた、鞘に収められたままの剣を抜くわけでもなく、大分白んできた空を見上げている。
(…大分落ち着いてきた…)
セリーヌとアグネスを浴室に行かせ、一杯の水を飲み、外の空気を吸う。
そうする事でジルドの心は、ようやくいつもの平静を取り戻した。ついでに愛剣を手に取り、平静をより安定させる。
(…さて…)
静かに目を閉じる。
刃を鞘に収めたまま、柄を両手で握り直し、ゆっくりと空に掲げる。