大陸魔戦記 106
「ふふふ…なんだジルド、卿には我が鬼に見えるのか?青ざめた顔で必死に謝りおって…ふふっ」
そんな二人になど構う事なく、セリーヌは声をあげて笑う。
「……まさか…怒ってない、のか?」
ひたすら笑い続けるそのさまに、割と早く混乱がとけたジルドが、一つの結論を導く。
「怒る理由などないわ。むしろ、我にとっては喜ばしい事だ」
そしてセリーヌは、あっさりと結論を肯定する。
しかし同時に、別の疑問を投げかけたのだ。
「…喜ばしい?それは、一体…」
「…アグネス」
セリーヌはジルドの問いかけを無視したのか、何故かアグネスに声をかける。
「…分け合ったパイの味は、どうだった?」
一瞬、暗号めいた言葉と認識するアグネス。
しかしすぐに察する。
「…やみつきになってしまいました」
彼女は遠回しに、ジルドに悟られぬよう、「ジルドとのまぐわいはどうだった」などという問いを投げかけてきたのだ。それを察したアグネスは、ジルドの腕に絡みつきながら答える。
彼女にとってその動作は、その言葉が偽りない事を示すための、単なるからかい。そしてそれはセリーヌも感じ取ったらしく。
「ずるいぞアグネス。我もジルドに触りたいのに」
軽く拗ねたような口調で、嬉々としてジルドに抱きつく。その表情は明るく、心底嬉しそうだ。
――しかし、挟まれる形で二人に抱きつかれるジルドはと言うと。
「ちょっ……ふ、二人ともっ?は、話が見えないのだが…」
今の状況に理解が追いつかないらしく、あたふたと二人の顔を交互に見る。
「な、なんで喜ばしいんだ?そ、それに、どうして、二人とも俺に抱きつくっ?頼むからっ、わ、わかりやすく説明してくれっ」
そのさまはやはり、オークの軍勢を相手に立ち回った者には似つかわしくなく。
あまりの狼狽えぶりに、二人は互いに吹き出してしまう。
「ふふ…卿は誠に初々しい反応をするな…」
「本当…気をやってしまいそうな位に責め続けていた者とは思えないぞ…」
そう言って、二人は益々強く、ジルドに抱きつく。
まるで、そうする事でジルドを更に困らせようとするかのように。
そしてその所為は、ジルドを更に狼狽させる。
「ま、待てっ、質問の答えになってないっ。というか、だ、抱きつかないでくれぇっ」
半ば恐慌状態に陥るジルド。それを認めた二人は、互いに目配せし、再び吹き出す。
「おかしな奴だな、卿は」
「本当に、おかしな奴だ」
「「でも…」」
――ジルドを巻き込んで、寝台に倒れ込む。
笑みに妖艶なものをたたえた二人は、彼の頬に手を這わせ、耳元に唇を寄せる。
――その唇から。