淫肉の棺桶 7
「……んんっ」
真緒が目を覚ましたのは、約三時間後のことだった。
学校の時間割でいうならば昼休みも終盤に差し掛かったというところか。
「やっば……」
登校してすぐに体調を崩した妹を保健室に連れていき、ついでに一時間目だけサボろうと思っていただけだったのに、完全な寝坊だ。
隣を見ると自らの半身とも言える妹がスヤスヤと寝息を立てている。
その顔色は数時間前よりもかなり良くなっているように見えた。
「ふぅ……それにしても、おかしいわね」
普通ならば妹を保健室へ連れて行ったきり帰ってこない真緒を不審に思って、教師が様子を覗きに来てもおかしくはない。
寝ている間に来たというのなら、別段体調の悪くない自分は叩き起こされて教室へと連行されているはずなのだが……
「んにゅぅ……お姉ちゃん……?」
「あ……真樹、起きたのね」
考え込んでいると、いつの間にか眠り込んでいた真樹が目を擦りながら体を起こしていた。
その様子は特に不自然さもなく、体調は無事に戻ったようである。
「もう平気?」
「ん……だいじょうぶ……」
未だに目はトロンとしていて眠そうであったが、体のほうは大丈夫そうだ。
そう判断して真緒はベッドから抜け出る。
「だったら、教室に帰ろっか。さすがにこれ以上ここにいたら先生に何言われるか分からないからね」
「ふぁぁい……あふ……」
未だに覚醒しきらない妹に苦笑しつつ、真緒はベッドの周りについているカーテンを開ける。
ふと窓の外を見て、体が凍り付いた。
「お姉ちゃん?どうした……」
姉の視線の先を辿って、妹も凍り付く。
窓の外にあったのは肉の壁。
ブヨブヨとして、脈打つそれは連日ニュースで特集されているあるものの特徴と一致する。
人類の敵であり、拘束されれば逃げ出すことは不可能。
全てを呑み込む、その化け物の名は……
「「か……「棺桶」……」」
双子は呆然と、同じ言葉をまったく同時に呟いた。
「う、嘘でしょ……」
「そんな……」
二人がどれだけ外を眺めようとも、そこに見えるのはいつもの木々や運動場ではなくブヨブヨと蠢く気味の悪い壁があるだけ。
カーテンに仕切られていたことによって気づかれていないのか、幸いなことに今すぐに襲い掛かってくる様子はないが、二人の存在に「棺桶」が気が付くのは時間の問題だろう。
「お、お姉ちゃん……」
「……大丈夫よ真樹、お姉ちゃんがいるじゃない。何とかするから」
真緒自身、ニュースから得た情報で「棺桶」に捕らわれた人々が生還した例がないのは知っていた。
もちろんのことながら真樹も知っているだろう。
しかし真緒は、怯える妹の手前、姉である自分が取り乱すことは出来ないと感じていた。
「とりあえず、このままここにいても仕方ないわ。真樹、ゆっくりお姉ちゃんについてきて」
「……うん」
肉に囲まれた学園で、近藤姉妹の脱出作戦が始まった。
「やっぱりここもダメか……」
近藤姉妹が保健室から移動して最初にやってきたのは昇降口だった。
廊下から見える外はどこも「棺桶」に囲まれていたので始めから期待はしていなかったが、この分だと一階部分にあたる場所は完全に「棺桶」に包囲されているとみてよさそうだ。
「しょうがない、教室の様子を見に行くわよ」
「うん……」
先程から元気のない真樹を引き連れて、真緒は学園中を歩き回る。
とはいっても、「棺桶」に悟られないように慎重にだが。
(それにしても、これだけ歩いてて襲ってこないってことは、やっぱり目みたいな器官はないのかしら……?)
というよりも、もしもそんなものがあったとしたらとっくの昔に二人とも捕えられているだろう。
(となると……やっぱり"これ"が怪しいのよね……)
真緒は床や壁一面に張り巡らされた「棺桶」の物とみられる触手を眺める。
時折脈打つそれに対して、真緒の本能はけたたましく警笛を鳴らしていた。