憧れの先輩はいろいろヤバい 4
遊佐春秋は重い瞼をゆっくりと開く。視界に広がるのは見知らぬ天井、ではなくよく知った天井。いつもと違うのは、周囲がとても暗いことだろうか。壁に掛けられた時計を見て、春秋が呟いた。
「あれ……」
「起きた?遊佐くん」
真っ暗な部屋の中で春秋を見つめていた希海が、か細く呟く春秋に声をかけた。
「先輩は電気もつけず、ここで何をしてたんです?」
その言葉に希海はふふふと笑う。
「あまりにもぐっすり寝てたから、起こさない方がいいかなと思って」
楽しそうに笑う希海。だが、春秋はその言葉を聞き顔を青くした。
「す、すいません…気が付いたらぐっすりで……これ、掛けてくれたんですね、ありがとうございます」
春秋は自身に掛けられていたカーディガンを掴むと机の上でたたみ始める。そんな様子を見ていた希海は堪えきれずに吹き出した。クフフと笑う彼女を見て、春秋はどうして笑っているのだろうと首を傾げ、ポカンと見つめるのだった。
「くふふっ、いいわよ、どうせすぐに羽織るから」
「あ、で、ですよね……すみません」
春秋は急いでカーディガンを手に取り持ち上げた。すると、彼女のカーディガンからふわりといい香りがした。洗剤の香りだろうか。春秋はそんな香りにドキッとして思わずカーディガンを持ち上げたまま思考停止してしまう。
「どうかしたの?遊佐くん」
訝しげに春秋を見る希海。その瞳は赤い。しかし春秋は恥ずかしさのせいか先ほどから希海を直視できないでいた。故に春秋はその瞳の色を知らない。
「い、いえ。僕の匂いがついていたらすみません…」
春秋はそう言うと希海にカーディガンを手渡した。
「本当に面白いわね、遊佐くんは。そんなの気にしなくていいのよ、ホントに」
「でも…」
なおも食い下がる春秋に、希海が微笑む。
「いいえ。気にしなくていいわ。それに、遊佐くんは役割をきちんと果たしてくれたのだから少し寝るくらい何も気にしなくていいわ」
希海は微笑みながらカーディガンを受け取るとそう告げた。
すると春秋が頭を照れ臭そうに掻きながら
「僕……その、疲れていたのか、恥ずかしい話なんですが寝るまでのことを全然覚えていなくて」
「あら、そうなの。ならもう遅いし早く寝たらいいんじゃないかな。明日も手伝いを頼みたいし、いつも通り良かったら協力してくれないかしら」
「ええ、わざわざ毎回言わなくても来ますよ。何なら呼ばれてなくても行きます。先輩はまだ帰らないんですか?」
「そうね。まだやることがあるから」
希海のその言葉を聞いた春秋は、素直に帰ることにした。希海が春秋に頼まないということは、そういう仕事じゃないということだろう。そう考えたのだ。
「そうですか…お疲れ様です。心苦しいところはありますがお先に失礼します」
「いいのよ、気にしないで」
春秋は希海に一礼すると鞄を持って教室を後にした。その後姿をカーディガンを抱きしめたまま見送る希海。彼がいなくなると、希海からは自然と笑みがこぼれた。
「ふふっ。くふふっ。あぁ、あぁ…なんて可愛いのかしら、春秋くんは。たまらないわ…」
彼女は右手でつかんだカーディガンを自らの顔に押し付けるとカーディガンを吸い込んでしまうのではと心配になるくらいの勢いで匂いを嗅ぎ始めた。 というより、吸い込み始めた。