君の人生、変えてあげる。 384
ドキっとする。
イタズラで誘うような雰囲気ではなくて、恋を深めるような、そんなお誘い。
こんな人とならしてみたいけど…
「嬉しいですけど、ダメですよ。僕は良くても勝代さんがスキャンダラスな事になったら悲しい」
彼女の両肩に手を置いて、あえて近づけさせず距離を取るようにして。
できるだけ暖かい表情、暖かい気持ちになるように気を付けて。
すると、いたずらっ娘のような茶目っ気のある顔を一瞬見せた勝代さん。
「よしよし、合格」
「試しましたね?」
「ごめんごめん。たっくんはこの先、陰湿な罠を仕掛けられることもあると思う」
「そうですね…はい、気を付けます!」
僕は立ち上がって、気をつけの姿勢をとった。
勝代さんはふっと笑ったようだった。そしてこう言った。
「よろしい」
僕たちはやわらかな日差しの中再び歩き始めた。
「竹中先輩には会ったんだよね」
「はい」
「竹中先輩がどんな話をしたのか、は聞いたよ。三年生のキーになる何人かに会う方がいい、っていう結論だったと思う」
「そうです」
「選挙が思ったより近くなっちゃったからその全員と個別に会うのは難しいかもしれない。でも、山村先輩…シングルマザーの先輩…には直接会った方がいいと思う」
「はい…」
シングルマザー、って一言で言うけど、僕より二つ先輩なだけのシングルマザー。想像しづらかった。会ったら、どんな話をすればいいんだろう…
「…ほら、つり橋が見えてきた。あそこが今日の目的地の公園」
吊り橋…といっても歩くとグラグラ揺れるとか、下が底なし状態とかのスリル満点のものではなく、小さいもののごく普通の橋だ。
その先にはこじんまりした広場のような場所がある。
「ここを知ってる人は少ない」
「そうなんですか」
「通常の登山道から外れた場所にあるから。私も祖父に教えてもらったんだ」
僕は回りを見回した。
他の人は誰も居ない。というか、さっきの道中の後半から誰ともすれ違っていない。
それでも、まわりのうち百八十度は山を見上げ、残り百八十度は街や畑や森を見下ろす、ちょっとした展望台のようになっていた。
「いいところですね…こんないいところがあまり知られていないなんて…すごい穴場ですね」
「完全に晴れていると…もっと山がきれいなんだけど…だから、ここも…また来ようね」
隣に立つ勝代さんがそっと僕の手を握ってくる。
そして指を僕の指に絡めて。
僕もちょっとだけ力を入れ、同じように握り返した。
今度は、お互い本当にリラックスした気持ちで、ここを訪れたい。
来た道を引き返すように小屋に戻ってきた。
「これだけでもかなり足元に来ますね」
「汗もかいたでしょ、シャワー使う?」
「はい」
僕は勝代さんにじりっ、と近づき、触れる。
「外ではダメでしたけど、ここでならいいですよね…あの時、申し訳ないですけど、ちょっとムラっと来てしまいました」
そっと勝代さんを後ろから抱きしめた。