君の人生、変えてあげる。 34
帰ったら、ネット上のあの小説を読み直してみよう、と僕は思った。
もう、夕日はかなり傾いていた。誰いうとなく、お開きになった。僕も片付けを手伝って、楽しい時間は終わった。
「お帰り」
「ただいま、母さん」
母は改めて言った。
「拓真、誕生日、おめでとう…ケーキあるよ。夕食後にする?」
「うん、ありがとう」
そのあと、僕は、クラスのみんなに誕生日を祝ってもらって嬉しかった話をした。
母は、ちょっと涙ぐんたように見えた。
「拓真、拓真が幸せそうで、あの高校に入って、本当によかった」
母は一息入れて続けた。
「もし、拓真が、ここに帰ってこないほうが、より幸せだと、思った日があったら…そのときは、あなたはもう十分適切な判断ができる年齢だと思う。だから、遠慮なく、連絡して。“今日は夕食いらない”とか」
そう言う母さんに、『それはまだ早いんじゃないかなぁ』なんて思って、苦笑いしそうになるが、ふと考えると…
…あさって、飛鳥ちゃんと一緒に、天空タワーに行くんだったな。
これは、デートなのか?
…いや、そんなつもりは…でも、飛鳥ちゃんはどうなのかな…
そう考えつつも
「わかった、そうするね」
僕は母さんにそう言った。
部屋に戻ってPCを起動し、ネット上の「女子が多い高校で突然生徒会の役員にならされてしまった男子が主人公の小説」の最後の方を開いた。
「流されないで、決断して、自分の道を歩め」
「どんな決断をしても、それは誰と同じでもない、君だけの、人生だ」
主人公のセリフ。これは、まるで、この僕に向けられた言葉のように感じられた。
思えば、この人は、同学年とはいえ、4月から女子が多い高校に入っているから、先輩なんだよな…。
生徒会本部役員になっても、部活と兼ねられないわけではない、って言ってたし、よし!明日、立候補すると伝えよう。
母と二人の夕食。
メニューは、やっぱり僕の誕生日を意識してくれていて、多少豪華目だった。
テレビで“今時の学生寮”のようなことをやっていた。
寮、と聞くと、あの一カ月が頭に思い浮かんでいい気はしないが…
「拓真、涼星高校にも、小さいけど寮がある、って聞いた?」
「いや、聞いたことない」
そもそも自宅から通えるから寮とか聞く機会がなかった。
「数十人レベル、って言ってたから、友達の中には入っている人いなかったかな…もし、拓真がいつか望むなら、あの時とは別の、集団生活を経験するのもいいのかな、って思う」
「いや、今は、実家から通えて、母さんの料理食べれて、ありがたいと、思ってるよ」
「ありがとう…うん、だから、それは、いつか、あなたが必要と思うことがあったら、そういう選択肢もあるよ、ってだけの話」
…母さんはそう言った。
僕がこの先それが必要になるときが来るかはわからないが、今は実家から通えて、母さんの手料理が食べられるということが、僕にとってはとても幸せなことなのだ。
「ごちそうさまでした」
誕生日にこんな豪華な料理を食べることも、今だからできるんだな。
僕は食器を片付けると、自分の部屋に戻りパソコンの置かれた机に向かって座る。